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第3章『迷子』
閑話『息抜き』
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「リーダー、あの子放っておいていいんですか?」
後輩からの一言に、マントを羽織ってぼんやりしている少女を見つめる。
「そういうわけにもいかないでしょう。ただ、そっとしておいてほしいときもあるのです。
あんなことがあったばかりでは、心の整理もできていないでしょう」
「じゃあ、せめて休憩室に案内するのはどうですか?人が足りてない分はなんとかするので、リーダーも休んでください。働きすぎです」
この後輩は1度言い出すと折れない。
多少休まなくても平気だが、彼の厚意を無碍にもできなかった。
「それでは、何か問題があればすぐ声をかけてください」
それだけ話して星影氷空に声をかける。
「ちょっと来て」
休憩室への出入りはほとんどない。
勤務時間中ともなれば、大半の人たちはお客様の相手をしてくれている。
「ここも、星が綺麗にみえるんだね」
「最後尾だから、視界を遮るものが少ないのかもしれない」
「どうして私、ここに呼ばれたの?」
「疲れているから」
こんなとき、どう声をかけていいのか分からない。
彼女が気にしているのは、自分と境遇が似ていたからだろうか。
「…君は、虐待を受けていたの?」
彼女は驚いた表情で俺を見つめる。
しばらく沈黙が流れて、少しずつ話してくれた。
おばさんに育てられてきたこと、その人が体を壊して施設に入ったこと、今は暴力や暴言のなかで育っていること…。
とにかく環境が劣悪だ。
「…だから今、帰れる場所は借りてもらったマンションの部屋だけ。
ごめんなさい、不快になる話をして…。氷雨君には関係ないのに、ぺらぺら自分語りしても迷惑だったよね」
「別に」
それからまた沈黙が流れる。…元々人と話すのは苦手だ。
お客様や列車関係者相手だと営業モードで話せるのに、何故か彼女相手には素で話してしまう。
「ひとりになりたいなら、俺はもう行く。今日の君の仕事は休むこと」
「そういうわけじゃなくて…分かった」
何か言いたいことを我慢している様子に、尋ねずにはいられなくなる。
「言いたいことがあるならはっきり言えばいい。頭ごなしに否定したりしないし、話があるならちゃんと聞きたい」
彼女はきっと、周りに気を遣って生きてきた人なんだろう。
だから今も、俺に話していいのか分からなくなっている。
「……氷雨君は、眠くならないの?」
「あまり寝なくても平気だよ。君より睡眠時間が少なくても問題ない」
「いつから車掌さんをしているの?」
「それは…答えられない」
「ごめんなさい。それじゃあ、えっと…今度、お弁当作ってもいい?
栄養バランスを考えて渡すから、食べてほしくて…いつもの、お礼」
人と話すとき、極度の緊張状態に陥ってしまうようだ。
そもそも、彼女が人間と話しているところを見たことがない。
時々持ち歩いているマスコットの頭を撫でるところは見掛けていたが、生身の人間と関わっていないように見える。
「…栄養バランスとかあんまり気にしたことないから、頼らせてもらおうかな」
「それじゃあ、学校の屋上で…」
「分かった」
学校生活の中でも、彼女が声をかけてくるのは屋上でだけだ。
俺の周りに転校生だからと人間が群がっているからかもしれない。
「今日もお仕事してもいい?ちゃんと休憩はするから…」
「その前にひとつ教えて。どうして君は──」
「リーダー、非常事態発生です!」
こちらに駆け寄ってきた後輩はかなり焦燥している。
「…暴走者ですか?」
「はい。さっきから数人で押さえてるんですけど、どうにもならなくて…」
「分かりました。すぐ行きます」
いつもにっこり話す後輩の焦りように、彼女は驚いているようだった。
大きく息を吸い、ひと息に告げられる。
「私も行く。お仕事のこと、もっとちゃんと知りたいから」
「…それならこれをつけて。毒気にあてられたらどうなるか分からないから」
俺は普通の人間ではないからいいが、彼女は生身の生者だ。
今見せなくてもいいものだが、いつか知ることになるなら早い方がいい。
ガスマスクをつけた彼女についてくるよう話し、そのまますぐ隣の車両へ駆けこんだ。
後輩からの一言に、マントを羽織ってぼんやりしている少女を見つめる。
「そういうわけにもいかないでしょう。ただ、そっとしておいてほしいときもあるのです。
あんなことがあったばかりでは、心の整理もできていないでしょう」
「じゃあ、せめて休憩室に案内するのはどうですか?人が足りてない分はなんとかするので、リーダーも休んでください。働きすぎです」
この後輩は1度言い出すと折れない。
多少休まなくても平気だが、彼の厚意を無碍にもできなかった。
「それでは、何か問題があればすぐ声をかけてください」
それだけ話して星影氷空に声をかける。
「ちょっと来て」
休憩室への出入りはほとんどない。
勤務時間中ともなれば、大半の人たちはお客様の相手をしてくれている。
「ここも、星が綺麗にみえるんだね」
「最後尾だから、視界を遮るものが少ないのかもしれない」
「どうして私、ここに呼ばれたの?」
「疲れているから」
こんなとき、どう声をかけていいのか分からない。
彼女が気にしているのは、自分と境遇が似ていたからだろうか。
「…君は、虐待を受けていたの?」
彼女は驚いた表情で俺を見つめる。
しばらく沈黙が流れて、少しずつ話してくれた。
おばさんに育てられてきたこと、その人が体を壊して施設に入ったこと、今は暴力や暴言のなかで育っていること…。
とにかく環境が劣悪だ。
「…だから今、帰れる場所は借りてもらったマンションの部屋だけ。
ごめんなさい、不快になる話をして…。氷雨君には関係ないのに、ぺらぺら自分語りしても迷惑だったよね」
「別に」
それからまた沈黙が流れる。…元々人と話すのは苦手だ。
お客様や列車関係者相手だと営業モードで話せるのに、何故か彼女相手には素で話してしまう。
「ひとりになりたいなら、俺はもう行く。今日の君の仕事は休むこと」
「そういうわけじゃなくて…分かった」
何か言いたいことを我慢している様子に、尋ねずにはいられなくなる。
「言いたいことがあるならはっきり言えばいい。頭ごなしに否定したりしないし、話があるならちゃんと聞きたい」
彼女はきっと、周りに気を遣って生きてきた人なんだろう。
だから今も、俺に話していいのか分からなくなっている。
「……氷雨君は、眠くならないの?」
「あまり寝なくても平気だよ。君より睡眠時間が少なくても問題ない」
「いつから車掌さんをしているの?」
「それは…答えられない」
「ごめんなさい。それじゃあ、えっと…今度、お弁当作ってもいい?
栄養バランスを考えて渡すから、食べてほしくて…いつもの、お礼」
人と話すとき、極度の緊張状態に陥ってしまうようだ。
そもそも、彼女が人間と話しているところを見たことがない。
時々持ち歩いているマスコットの頭を撫でるところは見掛けていたが、生身の人間と関わっていないように見える。
「…栄養バランスとかあんまり気にしたことないから、頼らせてもらおうかな」
「それじゃあ、学校の屋上で…」
「分かった」
学校生活の中でも、彼女が声をかけてくるのは屋上でだけだ。
俺の周りに転校生だからと人間が群がっているからかもしれない。
「今日もお仕事してもいい?ちゃんと休憩はするから…」
「その前にひとつ教えて。どうして君は──」
「リーダー、非常事態発生です!」
こちらに駆け寄ってきた後輩はかなり焦燥している。
「…暴走者ですか?」
「はい。さっきから数人で押さえてるんですけど、どうにもならなくて…」
「分かりました。すぐ行きます」
いつもにっこり話す後輩の焦りように、彼女は驚いているようだった。
大きく息を吸い、ひと息に告げられる。
「私も行く。お仕事のこと、もっとちゃんと知りたいから」
「…それならこれをつけて。毒気にあてられたらどうなるか分からないから」
俺は普通の人間ではないからいいが、彼女は生身の生者だ。
今見せなくてもいいものだが、いつか知ることになるなら早い方がいい。
ガスマスクをつけた彼女についてくるよう話し、そのまますぐ隣の車両へ駆けこんだ。
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