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第3章『迷子』
第12話
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「そういえば、眠くならないの?」
夜、いつものように駅に行くなり氷雨君にそんなことを訊かれる。
「あんまり。2時間あれば充分だから」
「……そう」
あの人間と暮らすようになってから、ほとんど眠れなくなってしまった。
それが恐怖からなのか別に理由があるのかは分からない。
眠っても悪夢を見て眠れなくなることも増えたので、必要性はあまり感じなくなった。
「今日は車内点検をしよう」
「車内点検?」
「微かにだけど、あの車両から生者の気配がする」
「私みたいな人ってこと?」
「少し違う。会って話してみれば分かる」
氷雨君の後をついていくと、ひとりの女の子が困った顔できょろきょろしていた。
「こんにちは。お客様は、」
「お、お兄ちゃん…」
女の子は涙を堪えていて、なんとか立っている状態なんだと分かる。
「一先ず、こちらへ一緒に来ていただけますか?」
「こ、怖いの。だって、そっちにおばけが……」
「心配しなくても、あの人たちはあなたを襲ったりしません。今から行くのは個室ですし、心配しないでください」
女の子はまだ不安そうな顔をしていたけど、氷雨君の言葉に小さく頷く。
一歩、また一歩と踏み出す姿はまだ怯えているように見える。
「…手、繋いでもいいですか?」
「お、おねがいします」
女の子の手にはまだぬくもりがあって、いつも見ていたお客さんとはなんとなく違う。
この子は生きているとなんとなく感じながら、さっきの言葉の意味を考える、
お兄さんを呼んでいたのは、はぐれてしまったからだろうか。
「お名前を教えていただけますか?」
氷雨君はオレンジジュースを用意しながら、女の子に優しい声で尋ねる。
「ひまり…5歳」
「ひまりさんは、この列車の切符を持っていますか?」
「持ってないです。お兄ちゃんを追いかけてたらここについたの」
「お兄さんの名前は分かりますか?」
「……?お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」
まだ5歳なら、お兄さんの名前を知らないのも無理はない。
この場合どうするんだろう。
切符を持っていなくても乗れるのは私で証明済みだ。
だけど、もしお兄さんも彼女を探しているなら早く会わせてあげたい。
「名字は分かりますか?」
「きさらぎひまり」
「分かりました。少し調べてみますね」
そう話して氷雨君が取り出したのは、大きめのかなり分厚い本。
ぱらぱらと頁をめくっていくのを見守っていることしかできなかったけど、何かに気づいたのか手を止める。
「しばらくこちらでお待ちいただけますか?」
「ここに座っていいの?」
「はい。そうしていただけますと助かります」
「分かった。ひま、いい子にしてる」
氷雨君はその場を離れてしまったけれど、この子をひとりにしておくわけにはいかない。
どうしようか考えた末、たまたま持っていたものを取り出した。
「何か食べたいものはありますか?」
「んと…ポテト!」
「お持ちしますね」
ひまりちゃんの希望のものを用意して、一緒に持っていたものを渡す。
彼女はぱっと目を輝かせて笑ってくれた。
「お姉さん、すごい!」
夜、いつものように駅に行くなり氷雨君にそんなことを訊かれる。
「あんまり。2時間あれば充分だから」
「……そう」
あの人間と暮らすようになってから、ほとんど眠れなくなってしまった。
それが恐怖からなのか別に理由があるのかは分からない。
眠っても悪夢を見て眠れなくなることも増えたので、必要性はあまり感じなくなった。
「今日は車内点検をしよう」
「車内点検?」
「微かにだけど、あの車両から生者の気配がする」
「私みたいな人ってこと?」
「少し違う。会って話してみれば分かる」
氷雨君の後をついていくと、ひとりの女の子が困った顔できょろきょろしていた。
「こんにちは。お客様は、」
「お、お兄ちゃん…」
女の子は涙を堪えていて、なんとか立っている状態なんだと分かる。
「一先ず、こちらへ一緒に来ていただけますか?」
「こ、怖いの。だって、そっちにおばけが……」
「心配しなくても、あの人たちはあなたを襲ったりしません。今から行くのは個室ですし、心配しないでください」
女の子はまだ不安そうな顔をしていたけど、氷雨君の言葉に小さく頷く。
一歩、また一歩と踏み出す姿はまだ怯えているように見える。
「…手、繋いでもいいですか?」
「お、おねがいします」
女の子の手にはまだぬくもりがあって、いつも見ていたお客さんとはなんとなく違う。
この子は生きているとなんとなく感じながら、さっきの言葉の意味を考える、
お兄さんを呼んでいたのは、はぐれてしまったからだろうか。
「お名前を教えていただけますか?」
氷雨君はオレンジジュースを用意しながら、女の子に優しい声で尋ねる。
「ひまり…5歳」
「ひまりさんは、この列車の切符を持っていますか?」
「持ってないです。お兄ちゃんを追いかけてたらここについたの」
「お兄さんの名前は分かりますか?」
「……?お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」
まだ5歳なら、お兄さんの名前を知らないのも無理はない。
この場合どうするんだろう。
切符を持っていなくても乗れるのは私で証明済みだ。
だけど、もしお兄さんも彼女を探しているなら早く会わせてあげたい。
「名字は分かりますか?」
「きさらぎひまり」
「分かりました。少し調べてみますね」
そう話して氷雨君が取り出したのは、大きめのかなり分厚い本。
ぱらぱらと頁をめくっていくのを見守っていることしかできなかったけど、何かに気づいたのか手を止める。
「しばらくこちらでお待ちいただけますか?」
「ここに座っていいの?」
「はい。そうしていただけますと助かります」
「分かった。ひま、いい子にしてる」
氷雨君はその場を離れてしまったけれど、この子をひとりにしておくわけにはいかない。
どうしようか考えた末、たまたま持っていたものを取り出した。
「何か食べたいものはありますか?」
「んと…ポテト!」
「お持ちしますね」
ひまりちゃんの希望のものを用意して、一緒に持っていたものを渡す。
彼女はぱっと目を輝かせて笑ってくれた。
「お姉さん、すごい!」
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