物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

名もなきどこかで(空)

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空には星ひとつなく、女性の心を映し出しているようだった。
「……こんな日は、」
「何も考えずに過ごすのにいいですよね」
はっと顔を上げると、誰もいなかったはずのそこには男性が立っていた。
「今更ですけど…隣、いいですか?」
「別に、構いませんけど……」
「ありがとうございます。たばこ、大丈夫ですか?」
「吸い殻はどうするんですか?」
「灰皿を持ち歩いているのでそれで持って帰ります」
紙でできた灰皿と、大きく息を吐く男性。
初対面なのに女性の視線は男性に釘付けだった。
「俺の顔に何かついていますか?」
「いえ。じろじろ見てすみません」
「かまいませんよ。あなたをここに繋ぎ止めておけるなら」
「え……」
男性は女性の考えを見抜いていた。
自分が声をかけなければ、女性が海の底へ沈んでいってしまうことを。
「俺、見た目が怖いからってあんまり人と話せなくて……。だから今夜、あなたと話せて少し救われたんです。ありがとうございます」
「私、が……?」
「はい。あなたがどんなことを思い詰めているのか、全てが分かるわけじゃありませんけど……少なくとも、今の時間が楽しいと感じています」
男性は微笑み、煙が途切れた一服セットを仕舞う。
女性ははじめ戸惑っていたが、ぽつりぽつりと話しはじめた。
「人からそんなことを言われたのは初めてです。……いつも嫌がられてしまうから」
「それは、さっきから気にしている顔の傷が原因ですか?」
「どうしても痣が消えなくて、会う人会う人に気味悪がられてしまうんです。
マスクやメイクで隠すことも多いですが、上手く隠しきれていないこともあります」
「俺は気にしないですね、そういうの。……だって、あなたがあなたであることに変わりはないから」
男性は優しい笑みを浮かべながら、女性に様々な話題をふった。
好きな食べ物、趣味、大切にしているもの……。
気づけば空が明るくなりはじめていた。
「綺麗ですね。少しはいい日になりそうだ」
「そうですね」
「また今夜ここで会いましょう。……それまで生きていてくださいね」
「……はい」
「それじゃあ、一旦失礼します」
その場を去ろうとした男性に女性は慌てて問いかける。
「あの!」
「はい」
「どうして話しかけてくれたんですか?」
「……俺も話し相手が欲しかったのかもしれません」
屈託のない笑みでそう答え、今度こそ男性はその場を離れる。
東雲から差しこむ一筋の光に手を伸ばす。
光の先にいる男性は、女性にとってようやく手繰り寄せられた希望であるような気がした。
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虚空から東雲への変化をイメージして綴ってみました。
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