物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

恋を知る日(百合表現あり)

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ふたりが出会ったのは、ベンチだけがたたずむ公園。
ジャージ姿で水彩画を描いていた朝夏を見かけた月が声をかけたのだ。
『その絵、すごく素敵』
『本当?』
『嘘じゃない。私、絵が苦手だから…』
『その制服、あっちの方にある高校のだよね?授業が終わったら来て。君さえよければだけどね』
『いいの?』
『私、朝夏。このなりで怖がられてばかりだから。それでもよかったら来てよ』
『…月(るな)。また来るね』
そんな会話をして、ふたりは毎日会うようになっていた。
両親との折り合いが悪く、家を出てバイトをしながら絵を描く朝夏。
彼女にとって月という存在は優しく見守る月明かりのようなものだった。

『月、最近帰りが遅いけど何をしているの?』
『勉強をして帰っているの』
『そんなことより、早くご飯作ってくれない?』
『…分かりました』
毎日母親の言いなりになるだけの生活を送っていた月。
週4日でバイトして、それ以外の日は家でごろごろしている母親の世話。
学校にも馴染めておらず、友人と呼べる存在もいない。
そんな彼女にとって朝夏は太陽のような眩しい存在だった。
…そしてふたりは、互いに惹かれあっていった。

そんなある日のこと。
「ねえねえ、そこの君。金髪似合ってるね」
「え?」
「ちょっと俺らと遊ばね?」
「嫌です」
彼女は短く切った髪を触りながら相手を見ずに答える。
すると、いきなり持っていたスケッチブックを破られた。
「ちょっと、いきなり何を、」
「ちょっと顔がいいからって調子のんな!」
殴られる……身構えた朝夏の頬に拳が、食いこむことはなかった。
「う……」
「おい、おまえら!やれ!」
朝夏の目に写ったのは、見たことがない表情をした月が立っていた。
「る、」
「これ、預かってて」
鞄を渡した月は、ひたすら相手に攻撃をくらわせる。
…どれほど時間が経っただろうか。
「月」
「……朝夏」
月の鼓動は高鳴るが、それを見せないよう振る舞っている。
落ち着いたたたずまいに、風で揺れる黒髪。
「眼鏡、落ちてたよ」
「ありがとう」
眼鏡を受け取り、その場に座る。
ふたりの周囲には特攻服を着た人間が数人転がっていた。
「なんでそんなに怒ってたの?」
「…あんなふうに言われるの、すごく悔しかったから。あなたのことをろくに知りもしないくせに、特攻服を着ただけで強くなったつもりの人間が集まってくるのが嫌だった」
「え、私のため?」
「自分でもよく分からないけど、朝夏が悪く言われるのは嫌なの。自分のことはどうでもいいけど、あなたが傷つけられるのは耐えられない」
その拳は怒りに震えていて、かなり強く握りしめているようだった。
その手を握った朝夏は笑みを向ける。
「助けてくれてありがとう。月、すごくかっこよかったよ」
「…怖くなかった?」
「全然」
「それならいいけど」
「あのね、月、」
「ごめん。今日は時間がないから明日でいい?」
「分かった。気をつけて帰ってね」
「うん。明日は入れるようにしておく」
何の話か分からないまま、朝夏は小さく頷く。

そして、翌日の夜。
ふたりは月が通う高校へこっそり侵入した。
「屋上の鍵なんてよく持ってたね」
「ある人から預かったものなの。普段はひとりでいるんだけど、今夜は特別。
見回りの人が少ない日じゃないと入れないから、昨日はどうしても無理だったんだ」
「そっか…」
風が吹き、ぼろぼろになったスケッチブックのページがひとりでに進んでいく。
そこに描かれていたのは、ひとりの少女だった。
「それって…」
「あーあ、黙っておくつもりだったんだけどな…」
朝夏は降参したように話しはじめた。
「私ね、前は橋の下で絵を描いてたんだ。そこでいつもひとりで鍛錬してる子を見て、ずっと声をかけてみたかった」
「……」
「まさかその子と話す機会がくるなんて思ってなかった」
「見られていたなんて知らなかった」
いつから始まったかなんて知らない。
もしこの現象に名前をつけるなら、運命とでも呼ぼう。
「ずっと目が離せなかった。かっこよくて、いつも輝いてた」
「私にとっては、大切な夢を追いかけているあなたの方が眩しい」
瞬間、朝夏が月明かりとともに消えてしまいそうな少女を抱きしめた。
「もう、自分の気持ちに嘘を吐けない」
「……そう」
ふたりの少女は屋上で対峙する。
「私、ずっと月のこと…」
その言葉はふたりを繋ぐもの。
その言葉はふたりを結ぶもの。
そして、その言葉は──ふたりの救い。
「私もだよ」
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コンテストに出してみたくて綴っていたものですが、見事に間に合わず…。(圧倒的字数不足)
中途半端になっていたものを書ききりました。
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