物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

The hour(優しい死神)

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「──もう、いいよね」
とあるビルの屋上に、少女がひとりたたずんでいる。
そのまま生を終えようとした瞬間、目の前に男性らしき何かが現れた。
「こんばんは。そんなに死に急がなくてもいいと思うよ」
「いきなり現れて、なんなんですか?」
「君の命、あと1時間で終わるから」
にっこり微笑むその男が、少女には救いの手に見えた。
「…嘘だったら飛び降りるから」
「好きにすればいいよ。それより、あと1時間あるんだから何かやりたいことをやってみたら?…悔いが残ったら嫌じゃん?」
少女ははっとした表情ではっきり告げる。
「質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「あなたは何者なんですか?殺人鬼?」
「……まあ、それに近いかもね。俺は死を告げる存在だから」
男は哀しげに微笑みながらそう答えた。
少女はそれ以上質問するのをやめ、持っていたケーキの箱を取り出す。
「…これ、一緒に食べてくれますか?」
「そんなことでいいの?」
「はい。どうせ死ぬなら食べておきたいので」
「…俺のこと、怖くないの?」
「全く。人間って怖いものでしょ?すぐ裏切るし、誰かを傷つけても平気な人ばっかり…。
誰のことも責めるつもりはないけど…私、そんなに強くないからもう疲れちゃった」
罵詈雑言や病への理解ない言葉、居場所がない毎日…少女はそれらに絶望した。
せめて放っておいてほしい、ささやかな暮らしがしたいという願いさえ取り上げられてしまったのだ。
「君が苦労してきたのは知ってるよ。…記録、全部見てきたから」
「記録?」
「そう。その人が歩んできた道の記録」
「……不思議な人ですね」
すると、男は驚いた様子で少女を見た。
「僕がただの人に見える?」
「はい」
「……怖くないの?」
「はい」
「そっか。そういう反応をする人間は初めてに近いかもしれない」
「え…」
男は少女を優しく抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。
「居場所がないなか、毎日ひとりで苦しんで…本当によく頑張りました」
その言葉と同時に、少女の目から涙が零れ落ちる。
ずっと誰かにそう言ってほしかった。
寄り添って、労りの言葉がほしかったのだ。
少女はひとしきり泣いた後、真っ直ぐ男を見つめる。
「私が本当にしてほしいこと、知ってたんじゃないですか?」
「それはどうだろう。…そろそろ時間だ。やっておくことはない?」
「充分です。ありがとう」
「分かった。それじゃあ行こうか」
少女が小さく頷くと同時に、体が真っ白な光りに包まれていく。
「温かい…。もう寒くない」
少女は最期まで笑顔で生を終えた。


そんな少女を見送った男は、持っていた小型ナイフを仕舞う。
「大抵の人間は死にたくないから、疫病神とか近づくなって言うのに…」
男──死神はひと仕事終え、少しだけ休憩する。
口に入れたショコラはほろ苦い味がした。
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優しい死神の話を短い小説にしてみました。
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