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物語の欠片
ターコイズの憂鬱(ブラ約)
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「陽和」
「は、はい」
「少し用意したいものがあるから、手伝ってほしい」
長月の夜、リーゼは金魚の世話をしていた陽和に声をかける。
ここのところずっと元気がないように見えていたため、どうにか笑顔にしたかったのだ。
だが、リーゼには日中動けないという弱点がある。
「今夜は月が綺麗に見えると思うから、お弁当を作りたいの。…陽和が食べたいものを入れたい」
「私が食べたいもの…それなら、卵焼きがいいです。色々な種類の卵焼きを作って持っていったら、楽しいと思うので…」
「分かった。それとおにぎりを用意していこう」
「はい!」
卵焼きはリーゼの好み、鮭のおにぎりは陽和の好みだ。
自分に気を遣って答えるだろうと察知していたリーゼは手を打った。
ふたりで弁当を作り終えた頃には月が顔を出していて、早速外へ出てみる。
「すごい…こんなに近くで見たのは初めてです」
「……そう」
今までどんな暮らしをしてきたのか想像はついたが、それ以上に劣悪だったのだろうと察する。
「好きなだけ食べて。お茶も持ってきたし、今夜はゆっくり過ごせる」
「ありがとうございます」
あまり自分の意見を言わない陽和の心情を汲み取りつつ、リーゼは周囲に視線を走らせる。
森の奥深くとはいえ、時折人間が踏み入ることがあるからだ。
万が一陽和が見つかってしまえば、生贄として村に連れ帰られてしまう可能性がある。
「…あ」
「どうかした?」
「中からチーズが出てきました」
「…当たりを作っておいた。他はしそとかしらすとか…」
「全部美味しそうです」
こうして穏やかな夜がふけていく…と、思っていた。
「リーゼ」
「リリー?」
振り向いた先にいたのは、怪我を負ったリリーだった。
「その傷、どうしたんですか…!?」
「説明は後。すぐ逃げて」
──ざっと8人か。
リーゼは人間たちの気配とそれに混ざった異質なものを感じ取り、リリーを抱えて陽和の手を引く。
「とにかく走って」
陽和はリーゼの速度についていけず、木の枝に躓いて転んでしまう。
「立てる?」
「は、はい」
……嘘だ。
「リリー」
「…分かったよ。あとは僕がやる」
アイコンタクトだけで通じ合ったふたりは、それぞれやるべきことをしはじめる。
リリーは自分の傷口を止血し、その間にリーゼは陽和の傷をぺろっとなめた。
「ごめんなさい」
「え……」
陽和の意識はぼんやりしてきて、そこで記憶が途切れる。
「早く陽和を運んで」
「お嬢さんは僕がしっかり護るよ。けど…もし無理だと感じたら連絡して」
その言葉に小さく頷き、リーゼはひとり人間たちの方へ歩いていく。
「おまえを消せば、あの方は喜ぶ」
人間たちにある噛まれた痕を確認し、リーゼは少しだけ動いた。
……人間にはそう見えただろう。
「が、あ……」
「いつの間に…ぐっ!」
次々と人間たちを倒していき、残されたのは鋭い牙が目立つ男だけになっていた。
「まさか穢れた化け物がこんなところにいるとはな」
「……最近巷で事件に紛れて人間たちから吸血しているのはあなた?」
「蒼き月のヴァンパイアごときが、この俺様に口答えするつもりか?」
ヴァンパイアには序列というものが存在する。
1番人数が多い紅き月、黄色き月、白き月…そして、蒼き月のヴァンパイア。
生まれた日の月で分けられているが、リーゼはこのうちヴァンパイア階級では1番差別を受ける蒼き月のヴァンパイアだ。
「俺様の魅力に勝てる人間などいない。所詮家畜だからな」
「……」
人間を家畜呼ばわりする愚か者と仲良くするつもりはない。
ただ人間を貪り食うだけなんてそれは化け物だ。
紅き月のヴァンパイアは吸血する際、人間を操る力を潜在的に持っていると云われている。
──そして、無理矢理言うことを聞かせようと吸血しすぎて人間を殺してしまうことも多い。
「この俺様を無視しようなんて、」
「もういい。──黙って」
リーゼは陽和の血液を摂取したことにより、能力が格段に上がっている。
「く、そ……」
「二度とここに来ないで。それから、今夜あったことは全て忘れて」
催眠の効果を発揮しはじめたのか、紅きヴァンパイアは真っ直ぐ森を出ていく。
記憶を書き換えたことに対する罪悪感を感じながら、その場に座りこむ。
「……結界を強くしないと」
人間からは迫害され、同種であるはずのヴァンパイアからも蔑まれる。
ずっと隠れ住んでいるリーゼは、自らの存在を拒む世界にできるだけ干渉しないよう気をつけているのだ。
「…帰ろう」
独りで眺める月は、なんとも言えない鈍い光を放っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
久しぶりに綴ってみました。
今回はシリアス寄りになってしまいました…。
「は、はい」
「少し用意したいものがあるから、手伝ってほしい」
長月の夜、リーゼは金魚の世話をしていた陽和に声をかける。
ここのところずっと元気がないように見えていたため、どうにか笑顔にしたかったのだ。
だが、リーゼには日中動けないという弱点がある。
「今夜は月が綺麗に見えると思うから、お弁当を作りたいの。…陽和が食べたいものを入れたい」
「私が食べたいもの…それなら、卵焼きがいいです。色々な種類の卵焼きを作って持っていったら、楽しいと思うので…」
「分かった。それとおにぎりを用意していこう」
「はい!」
卵焼きはリーゼの好み、鮭のおにぎりは陽和の好みだ。
自分に気を遣って答えるだろうと察知していたリーゼは手を打った。
ふたりで弁当を作り終えた頃には月が顔を出していて、早速外へ出てみる。
「すごい…こんなに近くで見たのは初めてです」
「……そう」
今までどんな暮らしをしてきたのか想像はついたが、それ以上に劣悪だったのだろうと察する。
「好きなだけ食べて。お茶も持ってきたし、今夜はゆっくり過ごせる」
「ありがとうございます」
あまり自分の意見を言わない陽和の心情を汲み取りつつ、リーゼは周囲に視線を走らせる。
森の奥深くとはいえ、時折人間が踏み入ることがあるからだ。
万が一陽和が見つかってしまえば、生贄として村に連れ帰られてしまう可能性がある。
「…あ」
「どうかした?」
「中からチーズが出てきました」
「…当たりを作っておいた。他はしそとかしらすとか…」
「全部美味しそうです」
こうして穏やかな夜がふけていく…と、思っていた。
「リーゼ」
「リリー?」
振り向いた先にいたのは、怪我を負ったリリーだった。
「その傷、どうしたんですか…!?」
「説明は後。すぐ逃げて」
──ざっと8人か。
リーゼは人間たちの気配とそれに混ざった異質なものを感じ取り、リリーを抱えて陽和の手を引く。
「とにかく走って」
陽和はリーゼの速度についていけず、木の枝に躓いて転んでしまう。
「立てる?」
「は、はい」
……嘘だ。
「リリー」
「…分かったよ。あとは僕がやる」
アイコンタクトだけで通じ合ったふたりは、それぞれやるべきことをしはじめる。
リリーは自分の傷口を止血し、その間にリーゼは陽和の傷をぺろっとなめた。
「ごめんなさい」
「え……」
陽和の意識はぼんやりしてきて、そこで記憶が途切れる。
「早く陽和を運んで」
「お嬢さんは僕がしっかり護るよ。けど…もし無理だと感じたら連絡して」
その言葉に小さく頷き、リーゼはひとり人間たちの方へ歩いていく。
「おまえを消せば、あの方は喜ぶ」
人間たちにある噛まれた痕を確認し、リーゼは少しだけ動いた。
……人間にはそう見えただろう。
「が、あ……」
「いつの間に…ぐっ!」
次々と人間たちを倒していき、残されたのは鋭い牙が目立つ男だけになっていた。
「まさか穢れた化け物がこんなところにいるとはな」
「……最近巷で事件に紛れて人間たちから吸血しているのはあなた?」
「蒼き月のヴァンパイアごときが、この俺様に口答えするつもりか?」
ヴァンパイアには序列というものが存在する。
1番人数が多い紅き月、黄色き月、白き月…そして、蒼き月のヴァンパイア。
生まれた日の月で分けられているが、リーゼはこのうちヴァンパイア階級では1番差別を受ける蒼き月のヴァンパイアだ。
「俺様の魅力に勝てる人間などいない。所詮家畜だからな」
「……」
人間を家畜呼ばわりする愚か者と仲良くするつもりはない。
ただ人間を貪り食うだけなんてそれは化け物だ。
紅き月のヴァンパイアは吸血する際、人間を操る力を潜在的に持っていると云われている。
──そして、無理矢理言うことを聞かせようと吸血しすぎて人間を殺してしまうことも多い。
「この俺様を無視しようなんて、」
「もういい。──黙って」
リーゼは陽和の血液を摂取したことにより、能力が格段に上がっている。
「く、そ……」
「二度とここに来ないで。それから、今夜あったことは全て忘れて」
催眠の効果を発揮しはじめたのか、紅きヴァンパイアは真っ直ぐ森を出ていく。
記憶を書き換えたことに対する罪悪感を感じながら、その場に座りこむ。
「……結界を強くしないと」
人間からは迫害され、同種であるはずのヴァンパイアからも蔑まれる。
ずっと隠れ住んでいるリーゼは、自らの存在を拒む世界にできるだけ干渉しないよう気をつけているのだ。
「…帰ろう」
独りで眺める月は、なんとも言えない鈍い光を放っていた。
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久しぶりに綴ってみました。
今回はシリアス寄りになってしまいました…。
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