物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

バニラと任務とストロベリー(バニスト)

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「清香、今日の放課後…」
「ごめんなさい。生徒会の仕事があるから先に帰っていて」
ここ数日、清香の様子がおかしい。
奏は不審に思っているが、核心をつくことができずにいる。
いつもの帰り道をひとりで歩き、そのまま真っ直ぐバイト先である古書店に向かう。
「こんにちは」
「朝倉さん、こんにちは。今日もよろしくお願いします」
この店の店主の人柄のよさに引き寄せられ、気づいたときにはバイトを始めていた。
奏は仕事終わり、ふらっと曲がり角へ消えていく姿を見つけて追いかける。
「清香」
名前を呼んでみたものの、相手は気づかずに通り過ぎてしまった。
そのまま放っておくと清香が消えてしまいそうな気がして、奏はそのまま後をつける。
辿り着いたのは、最近できたばかりのスイーツ専門店だった。
「すみません、予約していた時任ですが…」
ただの買い物だったことに安堵して奏はそのまま引き返す。
ついでに近くのコンビニで買い物して帰ろうと財布を取り出したとき、学校に忘れ物をしたことに気づいた。
明日に回していいものではないのでそのまま取りに戻る。
「…これでよし」
「あ、朝倉さん!」
帰ろうとしたところで奏はクラスメイトの男子に声をかけられる。
少し苦痛に感じたものの、表情に出さずなんとかいつもどおりに振る舞った。
「どうしたの?僕に何か用事?」
「朝倉さんってどんなお菓子が好き?」
いきなりそんなことを訊かれても困る。
適当に誤魔化しておくか迷ったが、曖昧に返すことにした。
「なんだと思う?」
「え……」
「ごめん、僕もう行かないといけないんだ。それじゃあ」
できるだけ不自然にならないように、相手に何も言わせないように早口で話して校舎を出る。
清香のことが気になっていたが、奏はそのまま家に帰ることにした。


「清香、今日…」
「ごめんなさい。今日は仕事があるの」
それからも清香の奇妙な行動は続いた。
妙にそわそわしていたり、話しかけると驚かれたり。
そんな清香の行動に奏はだんだん不安になっている。
もしかすると、自分以外に好きな相手ができたのかもしれない…そう思うと焦りしかなかった。
だが、それは思わぬ形で消え去ることになる。
「……ただいま」
自分以外の人物がいるはずがない部屋に向かって挨拶をして息を吐く。
もうどれほどの期間清香とまともに話せていないだろう。
考えると辛くなりそうで、持っていた水を一気に飲みほす。
水面に写し出されていた光さえも消え、その場に座りこんだ。
──と、そこへ足音が近づいてくる。
侵入者かと身構えている奏の体を勢いよく抱きしめた。
「おかえりなさい」
「わっ……」
清香だった。エプロンをつけてにこにこしながら立っている。
何がおきているのか分からない奏はぽかんとした表情で立ち尽くした。
「最近ずっと忙しくしててごめんね。どうしても今日までにレシピを完璧にたたきこみたくて…勝手にキッチン借りちゃった」
片づけまで綺麗に終わっているキッチンは料理したとは思えないほどだった。
合鍵を持っているのだからここにいることも不思議ではない。
疑問はただひとつ。
「それはいいんだけど、どうして最近僕のこと避けてたの?」
「それは…私、隠し事をしても奏にだけはばれちゃうでしょ?生徒会の資料をまとめてたのも本当だけど、今日のために料理の用意をしていることを知られたくなかったんだ。
サプライズってやったことがないから、知られないように気をつけて…バレンタインの、おかえし」
最後の言葉で納得した。
清香が普段行かないようなスイーツ専門店にいたことも、いつもより持っている本が増えている気がしたことも、自分を避けるような行動を繰り返していた理由も。
「僕、嫌われたのかと思ってた」
「私は奏一筋だよ」
「ありがとう。僕も清香だけだよ」
豪華な料理やラッピングされたプレゼントに囲まれながら、ふたりは久しぶりに抱きしめあう。
「折角作ってもらったんだから、冷めないうちにいただこうかな」
「奏くらい上手にはできなかったけど、それでよければめしあがれ」
「…食べさせてってお願いしたら、やってくれる?」
「もう…」
清香はふっと微笑んでグラタンを一口分奏の前に差し出す。
何度が食べさせあいっこしながら、平穏なひとときは過ぎていった。
──その翌日、清香の持ち物にチョコレート模様のコンパクトミラーが、奏の鞄にフェイクスイーツのキーホルダーが増えたのは別の話。
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ホワイトデーの話を綴ってみました。
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