物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

オフホワイトな足音(ブラ約)

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ぬいぐるみを大切そうに抱きしめる陽和の姿に、苦手な朝の怠さなんて吹き飛んでしまった。
「おはよう」
「おはようございます。ご飯、できました」
リーゼにそう声をかける陽和は、日課になった植物の水やりをはじめた。
陽和が水やりを終えるまでに身支度をするのがリーゼの日課になっている。
いつもなら普段着に着替えた後ポストを確認して朝食を摂るのだが、この日は違った。
《蒼き月の君

残念なことに、今回新たな被害者が出た。前回同様噛み跡もどきがあるので同一犯であることは間違いない。
ただ、君の予想は珍しく外れたみたいだ。遺体をなんとか手描きしてみたので見解を聞かせてほしい》

クロウから受け取った手紙は決して明るい内容ではなかったが、これもリーゼの仕事だ。
模写されたものを見てみると、たしかに最近見た遺体と似ている点もある。
だが、見落としている点があることにも気づいた。

《白い月のおまわりさん

この人を殺したのは連続殺人の模倣犯だと思う。首を絞められたような痕なんて、今までの遺体にはなかった。
犯行が雑すぎるし、この人の死因は恐らく窒息死。寒かったこともあって死亡時刻の計算が難しいと思うけど、私は引き続き吸血鬼の再来事件について追う》

その場で手紙を書き終え、すぐクロウに渡す。
「リリーに届けて。……その前に、これでも食べていって」
パンくずを集めたものをクロウは美味しそうに食べている。
水を飲みやすいように容器を置き、そのまま部屋へと戻った。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
「なんでもない。少し雪かきをしていただけ」
陽和に心配をかけまいとリーゼは事件のことを隠すことにした。
村から出たことがないうえ、まだ狙われる可能性がある不安もあるだろうという気遣いだ。
「冷める前に食べよう」
「は、はい。…いただきます」
それからはいつもどおり過ごした。
森の冬は凍えるような寒さになる。
予め用意しておいた薪を暖炉に焚べて暖をとるのも日課だ。
「リーゼさ…リーゼは、いつもここで暮らしてきたんですよね?」
「うん」
「寂しく、なかったんですか?」
「寂しかったこともあるけど、今はあなたがいてくれるから寂しくない」
リーゼは心からそう思っていた。
陽和と一緒にいられればあとは何も望まない…それくらいの覚悟はある。
「この本、面白いからおすすめ。それから、勉強をしてみたいならこの参考書からはじめるのがいいと思う」
「ありがとうございます。ですが、今はお話していたいので……」
陽和は少しずつリーゼに心を開きはじめていた。
贄だからと粗末に扱われてきた彼女にとって、ぬくもりをくれたリーゼは救世主だったからだ。
話しかけようとした瞬間、扉をたたく音がしてそれと同時に陽和は毛布を被って震えてしまう。
「……大丈夫、そのままでいて」
怯える陽和にそう声をかけ、リーゼは渋々扉を開ける。
「やっぱりあなただったのね、リリー」
「やあ、こんにちは。直接話した方がいいと思って来たんだ」
ここで話すと陽和を怖がらせてしまう…そう感じたリーゼは毛布の上からそっと陽和の頭を撫でた。
「少しここで待ってて。誰か来ても扉を開けては駄目」
「……ごめんなさい」
毛布の中から聞こえたか細い声に心配になりながら、そのまま外へ出る。
「驚かせてしまったようだね」
「あの子はまだ人が訪ねてくることに慣れていない。次回から事前に連絡してほしい」
「そうだね。僕の配慮が足りなかった。…あの事件、よく首を絞められた跡なんて分かったね」
「あなたの絵がやたらリアルで分かりやすかっただけ」
リリーはふっと笑った後、持ってきた証拠品に氷のような冷たい視線を向ける。
「この血液、紅きヴァンパイアとは一致しなかった。…今回のは愚かな人間が欺こうとしたってことでよさそうだね」
「私はそう思ってる。他の捜査官はどう考えているの?」
「分からない。町の捜査官たちは僕を下に見てるからね…」
リリーは苦笑しながら、話は終わりだというように証拠品を鞄に仕舞った。
「少しお茶していってもいいかな?」
「…陽和がいいなら」
部屋に戻ると、陽和が毛布から恐る恐るといった様子で顔を出した。
リリーの姿に気づいた陽和ははっとしたように起きあがる。
「え、あ、あの…」
「こんにちは、お嬢さん」
「こ、こんにちは。私は、陽和といいます。この前はありがとうございました」
「お礼を言われるほどのことはしてないよ」
リリーは穏やかに微笑み、陽和に手を差し出す。
「僕とも仲良くしてくれると嬉しい。よろしく、陽和さん」
「は、はい」
リーゼは若干もやもやしながら紅茶を淹れる。
「…仕事、片づくといいね」
「ありがとう。優しいな、リーゼは」
「リリーさんは、どんなお仕事をしていらっしゃるんですか?」
リリーはティーカップを置き、陽和の質問にはっきり答えた。
「特別捜査官。簡単に言うと、事件を解決する警察みたいな仕事だよ」
「おまわりさん…すごいですね」
「ありがとう」
自分の話だけをするリリーにリーゼは内心感謝していた。
……仕事どころか、ヴァンパイアについての話だってしていないのだから。
「今日は楽しかったよ。ありがとう」
「…そう」
「そうだ、陽和さん。こっちにおいで。いいものをあげよう」
陽和が受け取った紙には何かのレシピが書かれていて、きょとんと首を傾げる。
「リーゼに作ってあげるときっと喜ぶ」
「あ、ありがとうございます」
小声で囁かれて思わずどきっとしたものの、陽和はメモを大切にポケットに入れた。
少し離れたところにいるリーゼは少しもやもやしたが、そのまま見守ることにする。
「リーゼには、素敵なお友だちがいるんですね」
「リリーもだけど、あなたも友だち」
「私も、ですか?…嬉しいです」
陽和の素直な気持ちを聞いて嬉しく思う反面、リリーとふたりで何を話していたのか気になってしかたがない。
「あの、夕飯はどうしましょうか?」
「任せてもいい?」
「分かりました」




ふたりの住処を離れた捜査官の前には、新たな死体が転がっている。
「……さっきまでのいい気分が台無しだ」
人間が集まるまでに証拠を回収し、分析する必要がある。
スノウ・リリーは血液パックを片手にいつもどおりの作業を済ませたのだった。
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若干荒くなってしまいましたが、ブラッディローズの約束シリーズの続きを綴ってみました。
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