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物語の欠片
ぬくもり噛みしめて(冬の誓い)
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寒空の下、少女がひとり佇んでいる。
全てに絶望した彼女は森の奥深くへ足を踏み入れていた。
ぼんやり空を見上げると、強風で視界が真っ白になる。
「迷い人か?」
突然問いかけられたことに困惑しながら、少女はじっとそちらを見つめる。
「……ここはどこ?」
「何も覚えていないのか。…こっちだ」
しばらく歩いて現れたのは現代の建物にしては古いもので、少女はますます困惑する。
「ここが俺の家だ」
「すごい、温かい…!」
子どものような反応をしてしまったことを少し恥ずかしく思いながら、少女は軽い頭痛を覚えた。
「平気か?」
「ごめんなさい。多分、いつもの立ちくらみで…」
少女の頭にはぼんやり誰かとのやりとりが浮かんだ。
『ここにいたら、もう痛くないかな?』
『心は痛まないかもしれないが、俺と一緒にいるのは大変だぞ』
『でも、ずっと一緒にいられたら』
『春は優しい子だな。人間など醜いと思っていたが、おまえの心は雪より美しい』
微かに残った幼き日の記憶に思いを馳せながら、少女はそのままゆっくり腰をおろす。
「あの、名前を聞いてもいい、ですか?」
「俺に名乗る名などない」
『私に名乗る名なんてない』
どうしても思い出せない記憶のピースが少しずつ埋まっていく。
「…あなたも独りなの?」
「長いこと独りだ。だが、今は寂しくない」
『ずっと独りだったけれど、今は寂しくないわ』
小瓶に少しずうひびが入るように、いつの間にかすっかり抜け落ちていた記憶が呼び覚まされる。
「…人違いだったらごめんなさい。あなたは昔、私と会ったことがある?」
自分が言葉を発したのとほぼ同時に、一気に記憶が流れこんだ。
……それは、数年前この町にやってきたときの話。
少女は幼い頃から引っ越しが多く、引っ込み思案なこともあって人と話すのが苦手だった。
いつも独りでぬいぐるみに話しかけて気を紛らわせていたが、ある吹雪の夜道に倒れている女性を見つけて部屋にあげた。
『あなたの名前は?』
『…私が雪女だって言ったら信じてくれる?』
『私とお友だちになってくれるなら信じる』
食事をしながらゆっくり話をして、ふたりの距離は一気に縮まった。
『あなたの名前も教えてもらえないかしら?』
『…春』
『素敵な名前ね』
『そんなこと、初めて言われた。私を見ても嫌なことを言わない人は初めてだよ。…ねえ、雪って呼んでもいい?』
『雪…あなたが呼びやすいならそう呼んで』
その後も時々周りに内緒でこっそり会っていた。
一緒に雪遊びをしたり、かまくらに入ったり…だが、その楽しい日々は長くは続かない。
『雪、私…この町を出ていくことになったんだ』
『そうなの?』
『…ねえ、また会える?』
『そうね…あなたが大きくなっても私を忘れなかったら会えるかもしれないわ』
『じゃあ、もし雪を見つけられたらずっと一緒にいてくれる?』
『勿論。…約束よ』
自分を怖がらなかった人間とはいえ、約束なんて簡単に破る種族だ。
雪は春の背中を見送りながら、淡雪に春の自分に関する記憶を閉じこめた。
人間に期待して裏切られるのが怖かったというのと、自分のことなんか忘れて幸せになってほしいという願いをこめて。
「…雪、私……」
「酷い消え方をして悪かった。傷つけちゃったな」
春の頭を撫でながら、雪は心が温かくなっていくのを感じる。
「あれから頑張ってみたけど、駄目だった。両親は私なんかどうでもいいみたいだし、友だちもできなかった。
…ずっと大切にしていたぬいぐるみも勝手に捨てられちゃってて、独りで寂しかった」
春の話に雪は心を痛める。
人間ではない自分が側にいてはいけないと思っていたのに、それが正しいことではなかったらしいと気づいた。
「そういえば、どうして今日は着物じゃなかったの?」
「ある人から薬をもらったんだ。一時的に人間になれる薬。着物だと目立つから、そのへんに捨てられていた服を着てみた。
…もしあなたが幸せに暮らしていたら、そのまま姿を消すつもりだった」
「どうして男性のふりをしていたの?」
「薬をくれた人が、姿形が変わっても見抜けたらそれは本物の愛になるだろうって話してた。…多分、この薬の副作用だ」
「それじゃあ、薬の効果が切れたら昔みたいな話し方に戻る?」
「多分。…それで、どうしてこんなところまでひとりで来たんだ?」
春は目に涙を浮かべたまま説明した。
もう何もかもが嫌になって、消えてしまいたくなったのだと。
「辛いだけの世界ならいらない」
雪は少し迷ったが、古い引き出しを開けて小さな小瓶を渡す。
中には空を閉じこめたような色の液体が入っている。
「綺麗な色…」
「これを飲めば、もう二度と人間として生きていくことは叶わないだろう。それでもいいなら──」
春は雪女の話の途中で小瓶を一気に傾ける。
あっという間に飲み干し、にっこり微笑んだ。
「これからはずっと一緒にいられるんだね。私、雪がいてくれるならもう何もいらないよ」
他人に期待しては裏切られ続けた少女の選択に、雪女は何も言うことができない。
「それなら俺も覚悟を決めないとな」
「え?」
防寒具を手渡し、雪はふっと優しく微笑む。
「何があっても一生側にいる。それで、一生護るよ。俺にちゃんとできるか分からないけど、人間たちより優しくする」
「……私といるの、嫌じゃない?」
「嫌なわけがない。もうおまえを人里には帰してやれないが、今この場で永遠を誓おう」
雪の言葉が嬉しくて春は思いきり抱きつく。
戸惑いながらも雪はそれを受け入れた。
粉雪舞うなか、ふたりは離れていた時間を埋めるように沢山話をする。
何をして遊ぼうかと。これからきっとどんなことでもできると。
──忽然と雪のように姿を消した少女を探す者は誰もいなかった。
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だいぶ省略した感じになってしまいましたが、雪女と少女の話を綴ってみました。
全てに絶望した彼女は森の奥深くへ足を踏み入れていた。
ぼんやり空を見上げると、強風で視界が真っ白になる。
「迷い人か?」
突然問いかけられたことに困惑しながら、少女はじっとそちらを見つめる。
「……ここはどこ?」
「何も覚えていないのか。…こっちだ」
しばらく歩いて現れたのは現代の建物にしては古いもので、少女はますます困惑する。
「ここが俺の家だ」
「すごい、温かい…!」
子どものような反応をしてしまったことを少し恥ずかしく思いながら、少女は軽い頭痛を覚えた。
「平気か?」
「ごめんなさい。多分、いつもの立ちくらみで…」
少女の頭にはぼんやり誰かとのやりとりが浮かんだ。
『ここにいたら、もう痛くないかな?』
『心は痛まないかもしれないが、俺と一緒にいるのは大変だぞ』
『でも、ずっと一緒にいられたら』
『春は優しい子だな。人間など醜いと思っていたが、おまえの心は雪より美しい』
微かに残った幼き日の記憶に思いを馳せながら、少女はそのままゆっくり腰をおろす。
「あの、名前を聞いてもいい、ですか?」
「俺に名乗る名などない」
『私に名乗る名なんてない』
どうしても思い出せない記憶のピースが少しずつ埋まっていく。
「…あなたも独りなの?」
「長いこと独りだ。だが、今は寂しくない」
『ずっと独りだったけれど、今は寂しくないわ』
小瓶に少しずうひびが入るように、いつの間にかすっかり抜け落ちていた記憶が呼び覚まされる。
「…人違いだったらごめんなさい。あなたは昔、私と会ったことがある?」
自分が言葉を発したのとほぼ同時に、一気に記憶が流れこんだ。
……それは、数年前この町にやってきたときの話。
少女は幼い頃から引っ越しが多く、引っ込み思案なこともあって人と話すのが苦手だった。
いつも独りでぬいぐるみに話しかけて気を紛らわせていたが、ある吹雪の夜道に倒れている女性を見つけて部屋にあげた。
『あなたの名前は?』
『…私が雪女だって言ったら信じてくれる?』
『私とお友だちになってくれるなら信じる』
食事をしながらゆっくり話をして、ふたりの距離は一気に縮まった。
『あなたの名前も教えてもらえないかしら?』
『…春』
『素敵な名前ね』
『そんなこと、初めて言われた。私を見ても嫌なことを言わない人は初めてだよ。…ねえ、雪って呼んでもいい?』
『雪…あなたが呼びやすいならそう呼んで』
その後も時々周りに内緒でこっそり会っていた。
一緒に雪遊びをしたり、かまくらに入ったり…だが、その楽しい日々は長くは続かない。
『雪、私…この町を出ていくことになったんだ』
『そうなの?』
『…ねえ、また会える?』
『そうね…あなたが大きくなっても私を忘れなかったら会えるかもしれないわ』
『じゃあ、もし雪を見つけられたらずっと一緒にいてくれる?』
『勿論。…約束よ』
自分を怖がらなかった人間とはいえ、約束なんて簡単に破る種族だ。
雪は春の背中を見送りながら、淡雪に春の自分に関する記憶を閉じこめた。
人間に期待して裏切られるのが怖かったというのと、自分のことなんか忘れて幸せになってほしいという願いをこめて。
「…雪、私……」
「酷い消え方をして悪かった。傷つけちゃったな」
春の頭を撫でながら、雪は心が温かくなっていくのを感じる。
「あれから頑張ってみたけど、駄目だった。両親は私なんかどうでもいいみたいだし、友だちもできなかった。
…ずっと大切にしていたぬいぐるみも勝手に捨てられちゃってて、独りで寂しかった」
春の話に雪は心を痛める。
人間ではない自分が側にいてはいけないと思っていたのに、それが正しいことではなかったらしいと気づいた。
「そういえば、どうして今日は着物じゃなかったの?」
「ある人から薬をもらったんだ。一時的に人間になれる薬。着物だと目立つから、そのへんに捨てられていた服を着てみた。
…もしあなたが幸せに暮らしていたら、そのまま姿を消すつもりだった」
「どうして男性のふりをしていたの?」
「薬をくれた人が、姿形が変わっても見抜けたらそれは本物の愛になるだろうって話してた。…多分、この薬の副作用だ」
「それじゃあ、薬の効果が切れたら昔みたいな話し方に戻る?」
「多分。…それで、どうしてこんなところまでひとりで来たんだ?」
春は目に涙を浮かべたまま説明した。
もう何もかもが嫌になって、消えてしまいたくなったのだと。
「辛いだけの世界ならいらない」
雪は少し迷ったが、古い引き出しを開けて小さな小瓶を渡す。
中には空を閉じこめたような色の液体が入っている。
「綺麗な色…」
「これを飲めば、もう二度と人間として生きていくことは叶わないだろう。それでもいいなら──」
春は雪女の話の途中で小瓶を一気に傾ける。
あっという間に飲み干し、にっこり微笑んだ。
「これからはずっと一緒にいられるんだね。私、雪がいてくれるならもう何もいらないよ」
他人に期待しては裏切られ続けた少女の選択に、雪女は何も言うことができない。
「それなら俺も覚悟を決めないとな」
「え?」
防寒具を手渡し、雪はふっと優しく微笑む。
「何があっても一生側にいる。それで、一生護るよ。俺にちゃんとできるか分からないけど、人間たちより優しくする」
「……私といるの、嫌じゃない?」
「嫌なわけがない。もうおまえを人里には帰してやれないが、今この場で永遠を誓おう」
雪の言葉が嬉しくて春は思いきり抱きつく。
戸惑いながらも雪はそれを受け入れた。
粉雪舞うなか、ふたりは離れていた時間を埋めるように沢山話をする。
何をして遊ぼうかと。これからきっとどんなことでもできると。
──忽然と雪のように姿を消した少女を探す者は誰もいなかった。
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だいぶ省略した感じになってしまいましたが、雪女と少女の話を綴ってみました。
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