物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

スノードーム(閉じた世界の話)

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「おはよう」
俺が声をかけると、水色のマフラーをしっかり巻いている彼女はいつも返事をしてくれる。
「おはよう。今日も寒いね」
「昨日より気温が下がるってニュースで言ってたからな…。それで、今日は何がしたい?」
「またお話しようよ。拓真の話、もっと聞かせてほしいな」
「特に面白くないと思うけど…まあ、雪が聞きたいって言ってくれるなら話そうかな」
ほとんど毎日こんなふうに他愛のない会話をして別れる。
ただ、俺の話をあれだけ目を輝かせて聞いてくれるのは後にも先にも彼女だけだろう。
「今日はもう帰らないと。明日は、」
「同じ時間、ここで待ってる。またね」
「うん。また」
片手をふる彼女にふりかえして帰路につく。
つい最近出会った雪という少女は、何故か会うのに同じ場所を指定してくる。
何度尋ねても気に入っているからとしか教えてもらえず、少しもやもやしていた。
それ以上深入りすることもなく、部屋のベッドで明日のことを考える。
…こんな毎日が続いてほしかった。
「ごめん。もしかすると会えるのは明日が最後になるかもしれない」
「どういうこと?」
あまりに突然な話でありきたりな返ししかできない。
「ちょっと色々あって…ごめんね」
「嫌だ」
逃げようとする雪の手を握ると、まるで死人のように冷たくなっていた。
「風邪ひきかけなんじゃ、」
「違う」
「即答かよ…。じゃあ、どうして手袋越しでも分かるくらい冷えてるんだ?」
雪は質問に答えることなく、真っ白なマスクを外してふっと息を吐いた。
その瞬間、周りが少しずつ凍りはじめる。
「……私が人間じゃないって言ったら信じてくれる?」
「雪女?それとも雪の化身みたいな…」
「あなたに命を吹きこまれた日のこと、よく覚えてるよ。
寒そうだからってマフラーを足してくれて、手袋まではめてくれた」
出会ったばかりなのに既視感があった。
帰り道、友だちが欲しいと願って作った雪だるまにマフラーと手袋をつけたことがある。
それに、作ったのはこのあたりだったはずだ。
「…雪は、あの雪だるまなのか?」
「そうだよ。だけど、もう一緒にはいられない」
「嫌だ」
ずっと独りだった。
行くと毎日痣ができる学校、痣だらけになっていても俺を見ていない家の人間たち…こんな世界、もううんざりだ。
「俺の勝手な考えだけど、おまえと一緒にいる時間が1番楽しいんだ。それを失うくらいならなんでもやる」
「拓真……」
「突き放すのは、もうすぐ雪だるまが形を保てなくなるからなんじゃないのか?」
本当は気づいていた。作った翌日から消えた雪だるまと、同日出会った雪…偶然で片づけられるとは思っていない。
「私の近くにいたら、人間の世界に帰れなくなっちゃう」
「どういうこと?」
「周りを見て」
よく見てみると、ドーム状の何かが俺たちを囲むようにうっすら張られている。
「これが完全に閉じたら、拓真は二度と人間の世界に戻れなくなる。…そうなったら困るでしょ?」
「困らない」
「え?」
「俺を捜す人間なんていないし、おまえがいてくれれば何もいらない。…嫌われ者の俺と一緒にいてくれる?」
ドームがどんどん完成していくなか、雪の手を握って硝子越しに空を見つめる。
「…本当に後悔しない?」
「しない。分かりあえない人間の世界より、分かりあおうとできる雪との世界を選ぶ」
その言葉とほぼ同時にドームが完成した。
外では雪が降っているが、そんなことはもう関係ない。
「私、拓真といられるのは嬉しい。嬉しいけど、元の世界ってそんなに酷かったの?」
「まあ、二度と戻ろうと思わないくらいには。…それより、雪のことをもう少し教えてほしい。
雪だるまから今の姿になるまでとか、このドームができた理由とか、知りたいことは沢山ある」
雪は少し困った顔をしていたが、やがて少しずつ話しはじめた。
「あのね、私は──」
ここから先は、ふたりだけの世界。
此処から先は、ふたりだけの話。


──こうして閉じた世界でふたりきり、幸福が降り積もる生活がはじまった。
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雪だるまの化身である彼女は現実に帰そうとしますが、現実に希望をみいだせなかった彼は彼女との暮らしを選択しました。
この先雪のドームの世界がどうなっていくのかは、ふたりだけの秘密です。
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