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物語の欠片
アルマンディンの森林(ブラッディローズの約束シリーズです)
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村を離れて数日、陽和はまだ慣れない様子で朝食の支度をしている。
「おはよう」
「お、おはようございます」
少し離れた場所から緊張した様子の陽和を見守りつつ、苦手な朝日を避けるようにリーゼがソファーに腰掛ける。
「あの…食事、できました」
「ありがとう。誰かに作ってもらったご飯を食べられるのってやっぱり嬉しい」
「リーゼさんは、ずっとひとりで住んでいるんですか?」
「……そんなところ。冷めないうちに食べさせてもらう。いただきます」
なんとなく気まずさを感じながら、炊きたての白米を一口食べる。
「美味しい。陽和はすごく料理上手なんだね」
「そんなことないです。リーゼさんのご飯が美味しかったです」
「…ふたりとも料理上手ということにしよう」
わたわたする陽和にリーゼはそう言って微笑みかける。
和やかな雰囲気で食事を終えた直後、誰かが扉をたたく音がした。
「…少し待って」
扉を開ける前に、リーゼは怯えた顔をしている陽和の頭を優しく撫でる。
「大丈夫。あなたを追っている人間たちが来たわけじゃないから」
扉の先にいたのは1羽の烏で、嘴を使って穴があく勢いでたたいていただけだった。
リーゼは気配で察知できるが陽和にそれは難しい。
「おかえりなさい、クロウ」
「お友だち、ですか?」
「そんなところ。クロウは手紙や荷物を運んできてくれるから助かってる」
「賢いんですね。…こんにちは。触ってもいいですか?」
まだ緊張している様子は見られるものの、クロウ相手に話す陽和は楽しそうだ。
少しでも外の世界を見てほしい、そう考えたリーゼは思い切って提案した。
「もしあなたが嫌じゃなければ、夕方一緒に来てほしいところがある」
「一緒に行っていいんですか…?」
「勿論。寧ろ一緒に来てほしい」
「あ、ありがとうございます。用意するものはありますか?」
リーゼはクロウが運んできた荷物を確認しながら、陽和との会話を続ける。
「少し出かけてくるから、また留守番を頼んでもいい?」
「分かりました。…いってらっしゃい」
「もし退屈ならここにある本でも読んでいて。…いってきます」
外に出たリーゼは小さく息を吐く。
真紅の液体が入っている小瓶を開け、それを一気に飲み干した。
かあ、と小さく鳴くクロウの背中をさすりながら、手紙に書かれていた内容を整理する。
吸血鬼事件が解決していないこと、目撃者がいたものの不審死を遂げたこと、その人間の証言によると犯人は人間である可能性があること……事件についてはまだ分からないことだらけだ。
「少しだけ村の様子を見てきて。人間には極力近づかないように」
クロウはひと鳴きしてそのまま飛び去る。
その背中がいつもよりたくましく感じた。
……そして夕日が沈もうとする頃、外套を身に纏った陽和を連れてやってきたのは木々が生い茂っている場所だ。
「赤い葉が綺麗ですね。初めて見ました」
「これは紅葉。1枚拾って押し花にするのもいいかもしれない」
「そうしてみてもいいですか?」
「分厚い本なら沢山あるから使って」
「ありがとうございます」
陽和はまだ緊張しているようだったが、初日よりは笑顔が増えた。
紅葉が舞うなか楽しそうに回る姿をじっと見ているだけで、リーゼは幸福を感じている。
表情には出せないが、陽和が楽しんでくれればそれでいい。
「平気?寒くない?」
「大丈夫です。でも…ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
首を傾げるリーゼに陽和は顔を真っ青にして言った。
「ずっとひとりではしゃいで…子どもっぽかったですよね」
「楽しいと表現するのは悪いことじゃないと思う。寧ろ私は、楽しそうなあなたを見られてよかった」
リーゼの温かい言葉に陽和はぱっと明るい笑顔を咲かせた。
「私は、リーゼさんが楽しんでいるところが見たいです」
「今も楽しんでる。表情に出づらいだけで、楽しくないわけじゃない」
「そうだったんですね。私ばっかり楽しんでいるわけじゃないならよかったです」
リーゼは折角出かけるならと用意しておいた、可愛らしいうさぎの形をしたお菓子を渡す。
「こんなに素敵なものをいただけいてもいいんですか?」
「これなら一口サイズだし食べやすいと思った。…苦手だった?」
「いえ。こういうものを見るのが初めてで…ありがとうございます。すごく嬉しいです」
ここなら人間は近寄らないし、他の何かが迫ってくることもない。
ふたりでシートの上に座って話しながら、1番綺麗な紅葉の葉を2枚持ち帰ることにした。
ふたりで一緒に作ればもっと楽しいだろうと言って、冷えないうちに帰路につく。
──そんなふたりの姿を少し離れた場所から見つめる影がひとつ。
「あの子が噂の贄か。…君はそんな顔もできたんだね、蒼き月の君」
そう呟いて真っ白な霧のように姿を消す。…顔に穏やかな笑みを浮かべて。
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久しぶりにブラッディローズの約束シリーズを綴ってみました。
「おはよう」
「お、おはようございます」
少し離れた場所から緊張した様子の陽和を見守りつつ、苦手な朝日を避けるようにリーゼがソファーに腰掛ける。
「あの…食事、できました」
「ありがとう。誰かに作ってもらったご飯を食べられるのってやっぱり嬉しい」
「リーゼさんは、ずっとひとりで住んでいるんですか?」
「……そんなところ。冷めないうちに食べさせてもらう。いただきます」
なんとなく気まずさを感じながら、炊きたての白米を一口食べる。
「美味しい。陽和はすごく料理上手なんだね」
「そんなことないです。リーゼさんのご飯が美味しかったです」
「…ふたりとも料理上手ということにしよう」
わたわたする陽和にリーゼはそう言って微笑みかける。
和やかな雰囲気で食事を終えた直後、誰かが扉をたたく音がした。
「…少し待って」
扉を開ける前に、リーゼは怯えた顔をしている陽和の頭を優しく撫でる。
「大丈夫。あなたを追っている人間たちが来たわけじゃないから」
扉の先にいたのは1羽の烏で、嘴を使って穴があく勢いでたたいていただけだった。
リーゼは気配で察知できるが陽和にそれは難しい。
「おかえりなさい、クロウ」
「お友だち、ですか?」
「そんなところ。クロウは手紙や荷物を運んできてくれるから助かってる」
「賢いんですね。…こんにちは。触ってもいいですか?」
まだ緊張している様子は見られるものの、クロウ相手に話す陽和は楽しそうだ。
少しでも外の世界を見てほしい、そう考えたリーゼは思い切って提案した。
「もしあなたが嫌じゃなければ、夕方一緒に来てほしいところがある」
「一緒に行っていいんですか…?」
「勿論。寧ろ一緒に来てほしい」
「あ、ありがとうございます。用意するものはありますか?」
リーゼはクロウが運んできた荷物を確認しながら、陽和との会話を続ける。
「少し出かけてくるから、また留守番を頼んでもいい?」
「分かりました。…いってらっしゃい」
「もし退屈ならここにある本でも読んでいて。…いってきます」
外に出たリーゼは小さく息を吐く。
真紅の液体が入っている小瓶を開け、それを一気に飲み干した。
かあ、と小さく鳴くクロウの背中をさすりながら、手紙に書かれていた内容を整理する。
吸血鬼事件が解決していないこと、目撃者がいたものの不審死を遂げたこと、その人間の証言によると犯人は人間である可能性があること……事件についてはまだ分からないことだらけだ。
「少しだけ村の様子を見てきて。人間には極力近づかないように」
クロウはひと鳴きしてそのまま飛び去る。
その背中がいつもよりたくましく感じた。
……そして夕日が沈もうとする頃、外套を身に纏った陽和を連れてやってきたのは木々が生い茂っている場所だ。
「赤い葉が綺麗ですね。初めて見ました」
「これは紅葉。1枚拾って押し花にするのもいいかもしれない」
「そうしてみてもいいですか?」
「分厚い本なら沢山あるから使って」
「ありがとうございます」
陽和はまだ緊張しているようだったが、初日よりは笑顔が増えた。
紅葉が舞うなか楽しそうに回る姿をじっと見ているだけで、リーゼは幸福を感じている。
表情には出せないが、陽和が楽しんでくれればそれでいい。
「平気?寒くない?」
「大丈夫です。でも…ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
首を傾げるリーゼに陽和は顔を真っ青にして言った。
「ずっとひとりではしゃいで…子どもっぽかったですよね」
「楽しいと表現するのは悪いことじゃないと思う。寧ろ私は、楽しそうなあなたを見られてよかった」
リーゼの温かい言葉に陽和はぱっと明るい笑顔を咲かせた。
「私は、リーゼさんが楽しんでいるところが見たいです」
「今も楽しんでる。表情に出づらいだけで、楽しくないわけじゃない」
「そうだったんですね。私ばっかり楽しんでいるわけじゃないならよかったです」
リーゼは折角出かけるならと用意しておいた、可愛らしいうさぎの形をしたお菓子を渡す。
「こんなに素敵なものをいただけいてもいいんですか?」
「これなら一口サイズだし食べやすいと思った。…苦手だった?」
「いえ。こういうものを見るのが初めてで…ありがとうございます。すごく嬉しいです」
ここなら人間は近寄らないし、他の何かが迫ってくることもない。
ふたりでシートの上に座って話しながら、1番綺麗な紅葉の葉を2枚持ち帰ることにした。
ふたりで一緒に作ればもっと楽しいだろうと言って、冷えないうちに帰路につく。
──そんなふたりの姿を少し離れた場所から見つめる影がひとつ。
「あの子が噂の贄か。…君はそんな顔もできたんだね、蒼き月の君」
そう呟いて真っ白な霧のように姿を消す。…顔に穏やかな笑みを浮かべて。
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久しぶりにブラッディローズの約束シリーズを綴ってみました。
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