物置小屋

黒蝶

文字の大きさ
上 下
1,751 / 1,803
物語の欠片

アルマンディンの森林(ブラッディローズの約束シリーズです)

しおりを挟む
村を離れて数日、陽和はまだ慣れない様子で朝食の支度をしている。
「おはよう」
「お、おはようございます」
少し離れた場所から緊張した様子の陽和を見守りつつ、苦手な朝日を避けるようにリーゼがソファーに腰掛ける。
「あの…食事、できました」
「ありがとう。誰かに作ってもらったご飯を食べられるのってやっぱり嬉しい」
「リーゼさんは、ずっとひとりで住んでいるんですか?」
「……そんなところ。冷めないうちに食べさせてもらう。いただきます」
なんとなく気まずさを感じながら、炊きたての白米を一口食べる。
「美味しい。陽和はすごく料理上手なんだね」
「そんなことないです。リーゼさんのご飯が美味しかったです」
「…ふたりとも料理上手ということにしよう」
わたわたする陽和にリーゼはそう言って微笑みかける。
和やかな雰囲気で食事を終えた直後、誰かが扉をたたく音がした。
「…少し待って」
扉を開ける前に、リーゼは怯えた顔をしている陽和の頭を優しく撫でる。
「大丈夫。あなたを追っている人間たちが来たわけじゃないから」
扉の先にいたのは1羽の烏で、嘴を使って穴があく勢いでたたいていただけだった。
リーゼは気配で察知できるが陽和にそれは難しい。
「おかえりなさい、クロウ」
「お友だち、ですか?」
「そんなところ。クロウは手紙や荷物を運んできてくれるから助かってる」
「賢いんですね。…こんにちは。触ってもいいですか?」
まだ緊張している様子は見られるものの、クロウ相手に話す陽和は楽しそうだ。
少しでも外の世界を見てほしい、そう考えたリーゼは思い切って提案した。
「もしあなたが嫌じゃなければ、夕方一緒に来てほしいところがある」
「一緒に行っていいんですか…?」
「勿論。寧ろ一緒に来てほしい」
「あ、ありがとうございます。用意するものはありますか?」
リーゼはクロウが運んできた荷物を確認しながら、陽和との会話を続ける。
「少し出かけてくるから、また留守番を頼んでもいい?」
「分かりました。…いってらっしゃい」
「もし退屈ならここにある本でも読んでいて。…いってきます」
外に出たリーゼは小さく息を吐く。
真紅の液体が入っている小瓶を開け、それを一気に飲み干した。
かあ、と小さく鳴くクロウの背中をさすりながら、手紙に書かれていた内容を整理する。
吸血鬼事件が解決していないこと、目撃者がいたものの不審死を遂げたこと、その人間の証言によると犯人は人間である可能性があること……事件についてはまだ分からないことだらけだ。
「少しだけ村の様子を見てきて。人間には極力近づかないように」
クロウはひと鳴きしてそのまま飛び去る。
その背中がいつもよりたくましく感じた。
……そして夕日が沈もうとする頃、外套を身に纏った陽和を連れてやってきたのは木々が生い茂っている場所だ。
「赤い葉が綺麗ですね。初めて見ました」
「これは紅葉。1枚拾って押し花にするのもいいかもしれない」
「そうしてみてもいいですか?」
「分厚い本なら沢山あるから使って」
「ありがとうございます」
陽和はまだ緊張しているようだったが、初日よりは笑顔が増えた。
紅葉が舞うなか楽しそうに回る姿をじっと見ているだけで、リーゼは幸福を感じている。
表情には出せないが、陽和が楽しんでくれればそれでいい。
「平気?寒くない?」
「大丈夫です。でも…ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
首を傾げるリーゼに陽和は顔を真っ青にして言った。
「ずっとひとりではしゃいで…子どもっぽかったですよね」
「楽しいと表現するのは悪いことじゃないと思う。寧ろ私は、楽しそうなあなたを見られてよかった」
リーゼの温かい言葉に陽和はぱっと明るい笑顔を咲かせた。
「私は、リーゼさんが楽しんでいるところが見たいです」
「今も楽しんでる。表情に出づらいだけで、楽しくないわけじゃない」
「そうだったんですね。私ばっかり楽しんでいるわけじゃないならよかったです」
リーゼは折角出かけるならと用意しておいた、可愛らしいうさぎの形をしたお菓子を渡す。
「こんなに素敵なものをいただけいてもいいんですか?」
「これなら一口サイズだし食べやすいと思った。…苦手だった?」
「いえ。こういうものを見るのが初めてで…ありがとうございます。すごく嬉しいです」
ここなら人間は近寄らないし、他の何かが迫ってくることもない。
ふたりでシートの上に座って話しながら、1番綺麗な紅葉の葉を2枚持ち帰ることにした。
ふたりで一緒に作ればもっと楽しいだろうと言って、冷えないうちに帰路につく。



──そんなふたりの姿を少し離れた場所から見つめる影がひとつ。
「あの子が噂の贄か。…君はそんな顔もできたんだね、蒼き月の君」
そう呟いて真っ白な霧のように姿を消す。…顔に穏やかな笑みを浮かべて。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
久しぶりにブラッディローズの約束シリーズを綴ってみました。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...