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物語の欠片
僕だけの姫(童話モチーフ)
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「お世話になりました」
つばめは一礼してその場を去ろうとする。
「待って」
「え?」
百合は出ていこうとするつばめの手を取り、耳元でそっと囁く。
「お願い、私を──」
つばめは小さく頷き、そのままその場を後にした。
百合は涙を堪え、そのまま室内へと戻る。
そこでの生活は劣悪という言葉では足りないほど酷いものだった。
「いつまで玄関先の掃除をしているの?早く来なさい!」
「…ごめんなさい」
何をやっても褒められなかった。
百合が欲しかったのは、頑張ったねの一言。
それさえもらえず、今日も彼女は黙々と家事全般をこなしている。
外に出る自由さえ得るのが難しい百合の世界に、光が差し込んだのは突然だった。
『大丈夫ですか?』
『う、うう……』
『すぐに手当てをしますね』
家の人間たちが出掛けてひとりで過ごしていた夜、倒れている男性を見つけて密かに保護した。
見つかってしまってはあの人たちに何を言われるか分からない。
男性は傷だらけの体で朦朧とする意識のなか、彼女にただ感謝を伝えた。
百合にとってそれがたったひとつの希望となり、今日まで看病を続けてきたのだ。
『僕はつばめ。本当にありがとう』
『い、いえ…。食べ物も簡単なものしか出せずすみませんでした』
『君にとってはそうだったのかもしれないけど、僕にとってはすごくありがたいことだったんだ。けど、これは見過ごせない』
つばめは知っていた。百合の体にある夥しい数の痣のことを。
彼女が食べるはずだった分のうち、半分以上を自分に食べさせてくれていることも。
だからつばめは覚悟を決めた。家の人間たちに見つからないように献身的な世話をしてくれた百合のお願いを叶えようと。
……それから数日、ピンポーンと音が響いた。
「インターホンが鳴ってる。早く出なさい」
「は、はい」
「本当に役に立たずだな、おまえは」
無言で出ると、そこにはつばめが立っていた。
「お待たせ。迎えに来たよ」
「つばめ、その怪我……」
「いいからいいから」
手を引いて連れて行こうとしたが、今は家に人がいるので非常にまずい。
「…深夜2時、またここに来るから準備しておいて」
その言葉に頷き、百合は約束の時間を待つことにした。
訪ねてきたのはセールスだったと誤魔化し部屋に戻る。
残っていた飴玉を口に入れ、たったひとつ持っていたリュックに荷物を詰めた。
そして午前2時、楽しそうに話す家の人間たちを横目にそそくさと外に出る。
「行こう。忘れ物はない?」
「はい」
しばらく歩いたところに見たことがない家があった。
その扉を開けたつばめは百合の手を引く。
「さあ、どうぞ。まずはここで君のことをもう少し教えてほしいな」
「分かりました」
百合には妹がいるが、自分と違いかなり愛されている。
何をしても褒められるし、何を言っても叱られたりしない。
彼女がほしい言葉は全て妹のものだった。
他にも両親と思われる人間たちからの扱いを話すのを、つばめは黙って聞いている。
その様子を見て、百合ははっとして頭を下げた。
「ごめんなさい、こんな話をして…。困らせましたよね」
「ううん。寧ろあの家の状況を知れてよかった」
お茶を淹れたつばめは百合の細い手を握る。
「危ない人たちとは手を切ってきた。だから、君は何も心配しなくていい」
「危ない人たち?」
「僕が怪我をしていたのは、危ない人たちに追われていたからなんだ。今日怪我したのも、その人たちと縁を切るためにやらないといけないことがあったからだよ。
だけど、それももう終わった。これからふたりで一緒に暮らそう」
つばめがやっている仕事は所謂裏稼業だ。
自分独りならどうでもいいと思っていた彼だったが、どうしても百合を助け出したいと考えていた。
彼女をすぐ連れていけなかったのは、危険人物との付き合いを減らす必要があったからだ。
「私、ここにいてもいいんですか?」
「ふたりのときは敬語禁止、だったよね」
「私がいたら、あなたまで酷い目に遭わされたりしない?」
「君も今日から自由なんだ。『私を知らない世界へ連れていって』って言ってたでしょ?
明日にはこの街を離れて遠くに行く。そこでふたりだけの家に住もう」
「お伽話みたい…」
「僕はただ君と一緒にいたい。…百合、これからも隣にいてくれる?」
「うん」
頷いた百合は目にいっぱい涙を溜めてつばめに抱きつく。
「本当に、私を知らない世界に連れていってくれるの?」
「勿論。君と一緒にいると僕も新しい世界を見られそうなんだ」
ふたりだけの城を用意して、新しい洋服だって買いに行こう。
そして側にいて恩を返したい。
「明日はこれに乗って移動するんだよ」
「私、乗ったことない」
「大丈夫だよ。ちゃんと一緒に乗るから」
ふたりの幸せな笑い声は早朝まで響いた。
燕は姫に恩返しがしたくて迎えに行ったという話がある。
素敵な王子様ではないが、なんとか百合を護りたい。
花の国には連れていけないが、彼女を安心させるお城を作ることはできる。
背中に乗せて運ぶことはできないから、背中に身を預けてもらおう。
バイクの整備をしながら、部屋で眠っている百合を思い浮かべる。
太陽が昇りきる頃、準備をすませたつばめは一目惚れした相手を起こしに向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おやゆび姫をモチーフにして紡いでみました。
ツバメは本当は姫のことが好きだったのではないか、もしふたりが結ばれていたら姫をきっと大切にしてくれただろうと思ったことがあります。
百合の花言葉は『純粋』『無垢』です。
つばめは一礼してその場を去ろうとする。
「待って」
「え?」
百合は出ていこうとするつばめの手を取り、耳元でそっと囁く。
「お願い、私を──」
つばめは小さく頷き、そのままその場を後にした。
百合は涙を堪え、そのまま室内へと戻る。
そこでの生活は劣悪という言葉では足りないほど酷いものだった。
「いつまで玄関先の掃除をしているの?早く来なさい!」
「…ごめんなさい」
何をやっても褒められなかった。
百合が欲しかったのは、頑張ったねの一言。
それさえもらえず、今日も彼女は黙々と家事全般をこなしている。
外に出る自由さえ得るのが難しい百合の世界に、光が差し込んだのは突然だった。
『大丈夫ですか?』
『う、うう……』
『すぐに手当てをしますね』
家の人間たちが出掛けてひとりで過ごしていた夜、倒れている男性を見つけて密かに保護した。
見つかってしまってはあの人たちに何を言われるか分からない。
男性は傷だらけの体で朦朧とする意識のなか、彼女にただ感謝を伝えた。
百合にとってそれがたったひとつの希望となり、今日まで看病を続けてきたのだ。
『僕はつばめ。本当にありがとう』
『い、いえ…。食べ物も簡単なものしか出せずすみませんでした』
『君にとってはそうだったのかもしれないけど、僕にとってはすごくありがたいことだったんだ。けど、これは見過ごせない』
つばめは知っていた。百合の体にある夥しい数の痣のことを。
彼女が食べるはずだった分のうち、半分以上を自分に食べさせてくれていることも。
だからつばめは覚悟を決めた。家の人間たちに見つからないように献身的な世話をしてくれた百合のお願いを叶えようと。
……それから数日、ピンポーンと音が響いた。
「インターホンが鳴ってる。早く出なさい」
「は、はい」
「本当に役に立たずだな、おまえは」
無言で出ると、そこにはつばめが立っていた。
「お待たせ。迎えに来たよ」
「つばめ、その怪我……」
「いいからいいから」
手を引いて連れて行こうとしたが、今は家に人がいるので非常にまずい。
「…深夜2時、またここに来るから準備しておいて」
その言葉に頷き、百合は約束の時間を待つことにした。
訪ねてきたのはセールスだったと誤魔化し部屋に戻る。
残っていた飴玉を口に入れ、たったひとつ持っていたリュックに荷物を詰めた。
そして午前2時、楽しそうに話す家の人間たちを横目にそそくさと外に出る。
「行こう。忘れ物はない?」
「はい」
しばらく歩いたところに見たことがない家があった。
その扉を開けたつばめは百合の手を引く。
「さあ、どうぞ。まずはここで君のことをもう少し教えてほしいな」
「分かりました」
百合には妹がいるが、自分と違いかなり愛されている。
何をしても褒められるし、何を言っても叱られたりしない。
彼女がほしい言葉は全て妹のものだった。
他にも両親と思われる人間たちからの扱いを話すのを、つばめは黙って聞いている。
その様子を見て、百合ははっとして頭を下げた。
「ごめんなさい、こんな話をして…。困らせましたよね」
「ううん。寧ろあの家の状況を知れてよかった」
お茶を淹れたつばめは百合の細い手を握る。
「危ない人たちとは手を切ってきた。だから、君は何も心配しなくていい」
「危ない人たち?」
「僕が怪我をしていたのは、危ない人たちに追われていたからなんだ。今日怪我したのも、その人たちと縁を切るためにやらないといけないことがあったからだよ。
だけど、それももう終わった。これからふたりで一緒に暮らそう」
つばめがやっている仕事は所謂裏稼業だ。
自分独りならどうでもいいと思っていた彼だったが、どうしても百合を助け出したいと考えていた。
彼女をすぐ連れていけなかったのは、危険人物との付き合いを減らす必要があったからだ。
「私、ここにいてもいいんですか?」
「ふたりのときは敬語禁止、だったよね」
「私がいたら、あなたまで酷い目に遭わされたりしない?」
「君も今日から自由なんだ。『私を知らない世界へ連れていって』って言ってたでしょ?
明日にはこの街を離れて遠くに行く。そこでふたりだけの家に住もう」
「お伽話みたい…」
「僕はただ君と一緒にいたい。…百合、これからも隣にいてくれる?」
「うん」
頷いた百合は目にいっぱい涙を溜めてつばめに抱きつく。
「本当に、私を知らない世界に連れていってくれるの?」
「勿論。君と一緒にいると僕も新しい世界を見られそうなんだ」
ふたりだけの城を用意して、新しい洋服だって買いに行こう。
そして側にいて恩を返したい。
「明日はこれに乗って移動するんだよ」
「私、乗ったことない」
「大丈夫だよ。ちゃんと一緒に乗るから」
ふたりの幸せな笑い声は早朝まで響いた。
燕は姫に恩返しがしたくて迎えに行ったという話がある。
素敵な王子様ではないが、なんとか百合を護りたい。
花の国には連れていけないが、彼女を安心させるお城を作ることはできる。
背中に乗せて運ぶことはできないから、背中に身を預けてもらおう。
バイクの整備をしながら、部屋で眠っている百合を思い浮かべる。
太陽が昇りきる頃、準備をすませたつばめは一目惚れした相手を起こしに向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おやゆび姫をモチーフにして紡いでみました。
ツバメは本当は姫のことが好きだったのではないか、もしふたりが結ばれていたら姫をきっと大切にしてくれただろうと思ったことがあります。
百合の花言葉は『純粋』『無垢』です。
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