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物語の欠片
バニラと千輪(バニラと秘蜜とストロベリー/バニストシリーズです)※同性愛の表現があります
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「奏」
「あ、清香…」
清香の姿はいつもとは違い、涼しげな色の浴衣で髪は綺麗に結われている。
「奏、どうかした?」
「ああ、ごめん。可愛くて見惚れちゃってた」
「奏だって新しいヘアピン似合ってる」
ボブヘアのサイドでは、いつもはつけていないヘアピンが輝いていた。
清香だけでなく当然奏も浮かれている。
こうしてふたりきりで出かけられる日はそんなに多くない。
それに、本当の清香が見られるのは奏とふたりで過ごしているときだけだ。
だが、そんな瞬間はいとも簡単に崩れ去る。
「ねえ、あれって時任会長と朝倉先輩じゃない!?」
「声かけても迷惑にならないかな…」
ひそひそ聞こえる声は間違いなく同じ学校の生徒のもので、清香は会長スイッチを入れた。
「こんばんは、みなさん。今夜はお祭りを楽しんでくださいね」
黄色い歓声があがっている隙にふたりは手を取り合い駆け出す。
人がまばらな場所まで来たところで立ち止まった。
「なんとか撒いたみたいだ」
「……ごめん。迷惑をかけたくなかったのに、こんなことになってしまって…大丈夫?」
「僕は平気だけど、清香は、」
大丈夫かと訊くまでもなく奏は状況を理解した。
「ここで座って待ってて。絶対戻ってくるから」
「うん、分かった」
奏は本部テントまで走り、テーピングを貰えないか交渉した。
「氷も必要かな?」
「いいんですか?」
「勿論。怪我人がいるならできる限りのことはしたいからね」
「ありがとうございます。すみませんがお願いします」
急いで用意してくれた係員に感謝しながら来た道を戻っていると、ベンチに人が群がっていることに気づく。
「お姉さんひとり?よかったら俺らとまわらない?」
「申し訳ありませんが、先約がありますの」
「いいじゃん、君みたいに綺麗な子を放っておく方が悪いよ」
「やめてください。……私には心に決めた大切な相手がおりますので」
清香の瞳から光が消えていくのが遠くからでも分かる。
奏はぴりぴりした空気に負けじとベンチに近づき、いつもより更に低い声を発した。
「僕の連れに何か用ですか?」
「い、いやいや、なんでもないです…」
男たちの集団が一瞬で灰のように散り散りになったのを確認すると、清香の頭をぽんぽんしながら語りかける。
「遅くなってごめん。係の人が氷をくれたんだ。絆創膏もあるから、すぐ手当てするね」
「奏…?」
処置が終わる頃に清香がやっと一言発した。
「落ち着いた?」
「ごめんなさい、私……!」
少しの表情の変化も奏は見逃さない。
清香を横抱きにして歩きながら話す。
「痛かったでしょ?ここは捻挫でこっちは靴ずれ。花火は僕の家からでも見えるし、このまま連れて行くね」
「待って、流石に恥ずかしい…」
「大丈夫だよ。みんな屋台に夢中で僕たちのことは見えてないから」
奏が住むマンションまで徒歩10分、清香を1度もおろすことなく丁寧に運んだ。
「ちょっと座ってて。そろそろベランダから見えるはずだから」
「……」
「清香?」
後ろから抱きつかれた奏は身動きが取れなくなる。
「本当にごめんね。お祭りはまわれずに終わっちゃうし、男扱いされちゃうし…嫌な思いさせたよね」
奏は普段から性別が分かりづらいと言われることが多い。
私服はかっこいいものが多いうえ、男っぽい口調や女性にしては低い声で間違えられやすいのだ。
本当は特に気にしていないが清香は傷つけたと思ったらしい。
奏はただ笑って瞬時に振り返る。
そして、耳許でそっと囁いた。
「清香を護れてよかった。けど…そんなに可愛い無防備な姿を他の人に見られたのはちょっと複雑かな」
「え?」
ふたりの唇が重なるのと同時に花火が打ち上がる。
それはまるでふたりを祝福しているようだった。
「い、いきなりキスは禁止…!」
「ごめん。可愛かったから、つい」
清香は顔を真っ赤にしながら奏に告げる。
「奏だって美人でしょ?それに、奏はあの花火と同じ。…いつも私を照らしてくれる」
清香の笑顔に奏の胸は高鳴りはじめる。
なんとか平静を装いもう1度抱きしめたものの、速くなった鼓動はおさまりそうにない。
「足、さっきよりはよくなった?」
「奏がいるから痛くない」
「……後でちゃんと湿布貼るね」
空に千輪が咲きほこるなか、ふたりはもう1度唇を重ねる。
──お互いが自らの心に燃える想いを全て注ぎこむように、強く強く抱きしめあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
千輪というのは打ち上げ花火の種類です。
小さい花が沢山咲くもの…という説明で大丈夫でしょうか?
pixivの企画に出したものを載せておきます。
「あ、清香…」
清香の姿はいつもとは違い、涼しげな色の浴衣で髪は綺麗に結われている。
「奏、どうかした?」
「ああ、ごめん。可愛くて見惚れちゃってた」
「奏だって新しいヘアピン似合ってる」
ボブヘアのサイドでは、いつもはつけていないヘアピンが輝いていた。
清香だけでなく当然奏も浮かれている。
こうしてふたりきりで出かけられる日はそんなに多くない。
それに、本当の清香が見られるのは奏とふたりで過ごしているときだけだ。
だが、そんな瞬間はいとも簡単に崩れ去る。
「ねえ、あれって時任会長と朝倉先輩じゃない!?」
「声かけても迷惑にならないかな…」
ひそひそ聞こえる声は間違いなく同じ学校の生徒のもので、清香は会長スイッチを入れた。
「こんばんは、みなさん。今夜はお祭りを楽しんでくださいね」
黄色い歓声があがっている隙にふたりは手を取り合い駆け出す。
人がまばらな場所まで来たところで立ち止まった。
「なんとか撒いたみたいだ」
「……ごめん。迷惑をかけたくなかったのに、こんなことになってしまって…大丈夫?」
「僕は平気だけど、清香は、」
大丈夫かと訊くまでもなく奏は状況を理解した。
「ここで座って待ってて。絶対戻ってくるから」
「うん、分かった」
奏は本部テントまで走り、テーピングを貰えないか交渉した。
「氷も必要かな?」
「いいんですか?」
「勿論。怪我人がいるならできる限りのことはしたいからね」
「ありがとうございます。すみませんがお願いします」
急いで用意してくれた係員に感謝しながら来た道を戻っていると、ベンチに人が群がっていることに気づく。
「お姉さんひとり?よかったら俺らとまわらない?」
「申し訳ありませんが、先約がありますの」
「いいじゃん、君みたいに綺麗な子を放っておく方が悪いよ」
「やめてください。……私には心に決めた大切な相手がおりますので」
清香の瞳から光が消えていくのが遠くからでも分かる。
奏はぴりぴりした空気に負けじとベンチに近づき、いつもより更に低い声を発した。
「僕の連れに何か用ですか?」
「い、いやいや、なんでもないです…」
男たちの集団が一瞬で灰のように散り散りになったのを確認すると、清香の頭をぽんぽんしながら語りかける。
「遅くなってごめん。係の人が氷をくれたんだ。絆創膏もあるから、すぐ手当てするね」
「奏…?」
処置が終わる頃に清香がやっと一言発した。
「落ち着いた?」
「ごめんなさい、私……!」
少しの表情の変化も奏は見逃さない。
清香を横抱きにして歩きながら話す。
「痛かったでしょ?ここは捻挫でこっちは靴ずれ。花火は僕の家からでも見えるし、このまま連れて行くね」
「待って、流石に恥ずかしい…」
「大丈夫だよ。みんな屋台に夢中で僕たちのことは見えてないから」
奏が住むマンションまで徒歩10分、清香を1度もおろすことなく丁寧に運んだ。
「ちょっと座ってて。そろそろベランダから見えるはずだから」
「……」
「清香?」
後ろから抱きつかれた奏は身動きが取れなくなる。
「本当にごめんね。お祭りはまわれずに終わっちゃうし、男扱いされちゃうし…嫌な思いさせたよね」
奏は普段から性別が分かりづらいと言われることが多い。
私服はかっこいいものが多いうえ、男っぽい口調や女性にしては低い声で間違えられやすいのだ。
本当は特に気にしていないが清香は傷つけたと思ったらしい。
奏はただ笑って瞬時に振り返る。
そして、耳許でそっと囁いた。
「清香を護れてよかった。けど…そんなに可愛い無防備な姿を他の人に見られたのはちょっと複雑かな」
「え?」
ふたりの唇が重なるのと同時に花火が打ち上がる。
それはまるでふたりを祝福しているようだった。
「い、いきなりキスは禁止…!」
「ごめん。可愛かったから、つい」
清香は顔を真っ赤にしながら奏に告げる。
「奏だって美人でしょ?それに、奏はあの花火と同じ。…いつも私を照らしてくれる」
清香の笑顔に奏の胸は高鳴りはじめる。
なんとか平静を装いもう1度抱きしめたものの、速くなった鼓動はおさまりそうにない。
「足、さっきよりはよくなった?」
「奏がいるから痛くない」
「……後でちゃんと湿布貼るね」
空に千輪が咲きほこるなか、ふたりはもう1度唇を重ねる。
──お互いが自らの心に燃える想いを全て注ぎこむように、強く強く抱きしめあった。
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千輪というのは打ち上げ花火の種類です。
小さい花が沢山咲くもの…という説明で大丈夫でしょうか?
pixivの企画に出したものを載せておきます。
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