物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

拝啓、月明かりさす神社にて。(視える人シリーズ番外篇)

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拝啓、大切なあなたへ

あなたは今どう過ごしていますか?
私は少しだけ自分の意思で出掛けられるようになりました。
そうすれば何か世界が変わるんじゃないかと思っていたけれど、あんまり変わらないみたい。
私はずっと、生きている間独りだった。
だけど、あなたが私の世界を変えてくれた。生きていた頃より、今のほうがずっと充実してる。
…本当にありがとう。


『…八尋(ヤヒロ)』
渡したい相手の名前を呼びながら、言葉を並べた髪を飛行機にして飛ばす。
最近、いつも自分が住んでいる廃墟から少しだけ遠出ができるようになった。
『…返事がくるといいな』
彼は不思議な人で、孤独に死んでいった私の話を誰よりも聞いてくれた。
今は彼のおかげで【カミキリさん】という噂になったけれど、自由だし生きていた頃より体が丈夫になったからできることも多い。
こうして手紙を出せば届くと聞いていたけれど、本当に届くのだろうか。
住処である廃墟まで戻ると、そこには紙飛行機が飛んできていた。
『八尋から…?』

拝啓、優しい君へ

最近また寒くなってきたね。
手紙ありがとう。俺は特に変わったこともなく過ごしています。
時々【カミキリさん】の噂について調べるんだけど、今は【神様も斬れる鋏を持った優しい何かが困っている人を助けてくれるらしい】というものになってるみたい。
俺はただ、俺がしたいようにしただけなんだ。
お礼を言われるようなことは何もやってないんだよ。
だけど、君の生活が楽しいものになっているなら本当によかった。
俺じゃ力になれることは少ないと思うけど、また近いうちに顔を出します。
…またそのときに話をしよう、栞奈(かんな)

栞奈は私が生きていた頃の名前で、噂そのものになった今それを知るのは彼だけだ。
綺麗な左眼も、誰かの為に動ける勇気も、私は好きだと思った。
決して沢山の人たちと関われないとしても、八尋がいてくれればそれだけで楽しい。
…私自身を否定しないでくれたのは、彼だけだから。
『ありがとう、八尋』
次会ったときはどんなことを話そうかと考える。
傍らに置いてある大きな鋏の手入れをしながら、私が視える数少ない友人のことを想った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
視える人シリーズの小説版、『カルム』の番外篇のようなものを綴ってみました。
この少女には、死んだ後たまたま町で噂になっていたものになるという少しぶっ飛んだ設定があります。
そのときに主人公の青年と出会い、初めは悪い方向に広まっていた噂を別の噂に変えて町に流すということをしてもらいました。
…少し頼りない記憶ではありますが、割りと楽しく綴った気がします。
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