物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

これは終焉の物語。(読む人によってハッピーエンドかバッドエンドか変わる話)

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私はただ、『』が欲しかった。
一度でいいから、そういったものに触れてみたかった。
「ごめんなさい」
「...ねえ」
誰に言うでもなくそう呟いたとき、一人の男に呼び止められる。
振り返ると、男は驚愕の表情を浮かべていた。
「どうしたの?そんなにボロボロな格好で...」
関係ない。これから私が行くのは天国なのだから。
だけど、もし。もしこの人が私を迎えにきた死神さんなら。そんな気持ちでつい話してしまった。
「...もう、疲れた」
「何に?」
「私を取り巻く世界に」
熱い。痛い。怖い。
...その全てから解放されたくて、ようやくここまで歩いてきたのだ。
「可哀想に...」
その一言に、何の意味があるのだろうか。
そう思っていたけれど、私の頭を優しく撫でるその手に吸い寄せられてしまった。
「実を言うとね。...僕も、ほとほと疲れ果ててしまったんだ」
「...!何に?」
「全てに」
この人も、同じなんだ。
普通じゃない、とか。異常だ、とか。
この気持ちはそう言われるものなのかもしれない。
でも、それでいい。それがいい。
「僕と一緒に、ここから堕ちてみるかい?」
私は小さく頷く。
誰かが一緒...それだけで、なんだかこれまでの嫌な気持ちが塗り替えられていく。
「大丈夫、これから行くところはとても温かいところだからね」
「...ありがとう」
「それじゃあ、行こうか」
一歩踏み出せば新しい世界が待っている。
温かいご飯、綺麗な服、そして...最後にこの人からもらった、『』。
この人と一緒にいられるだろうか。
「...最後に、お願いがある」
「なんだい?」
「抱きしめて、それで...」
抱き寄せられて、唇が重ねられる。
「僕なんかでよかったのかい?」
「...あなたがよかったから」
この人には全てを見透かされてるような気がする。
私はもう一度腕をまわして、耳許でこそっと囁く。
「どこまでもついてきてくれる?」
「ああ。...独りは誰でも寂しいからね」
もう一度口づけを交わして、そのまま一歩踏み出す。
後悔などあるはずもなく、そのままどこまでも堕ちていく。
目に涙を浮かべながら、けれど笑顔もいっぱいに浮かべながら、どんどん、どんどん堕ちていく。
「これからずっと側にいるよ」
そんな男の言葉を最後に、私は涙を零しながら真っ暗な空に神々しく輝く月を目に焼きつけたのだった。
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彼女が欲しかったもの、それは人のぬくもりで...最期にそれを手にいれることができました。
見知らぬ相手からでも無条件に与えられたそれが『欲しかったもの』だとしたら...この結末は、ハッピーエンドなのではないでしょうか。
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