裏世界の蕀姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
328 / 385
冬真ルート

第15話

しおりを挟む
「えっと…」
ご飯の後何が始まるんだろうと思っていると、秋久さんがエプロンをつけて台所に立つ。
「お嬢ちゃんも一緒にやるか?まあ、先生がいいならだけどな」
「先生、ですか?」
いつの間にか冬真さんも準備を進めていて、ますますよく分からないまま動けない。
邪魔になるようなら部屋に戻ろうと思っていると、冬真さんに止められた。
「料理」
「え?」
「料理、興味があるならこれ使って」
「…?はい」
渡された腰に巻くエプロンをつけると、秋久さんが声を出して笑った。
「あの、何かおかしいですか?」
「悪い。お嬢ちゃんがおかしいとかそういうわけじゃなくて、本当に不器用な奴だと思ったんだ。
もっと素直に一緒にやろうって言えばいいのに、あいつにはそれができない」
「冬真さんは優しいです」
「…そうか。楽しそうで安心した」
秋久さんはどうして私を気にかけてくれるんだろう。
少し気になったけれど、直接訊くことはできなかった。
「で、先生。次はどうすればいい?」
「1200℃で予熱してあるオーブンに放りこんで」
「了解」
まさかこんなふうに料理教室が開かれるとは思っていなかった。
ただ、お手伝いさせてもらえるのはすごく嬉しい。
こんなふうに役にたてることもあるんだと思うと、心が躍った。
「お嬢ちゃん、随分手慣れてるな」
「作ったことがあったので、なんとなく」
「なんとなくでその出来とか、普通にへこむ」
「色々焦がしてしまいましたし、そこまで上手くはないです」
「謙遜する必要ないと思う。料理、得意なんだね」
秋久さんも冬真さんも笑っていて、ふたりからの優しい視線が心をぽかぽかにしてくれる。
どうしてこんなふうに過ごすと気が楽になるんだろう。
「今日はもう一品作ってもいいかもしれない」
「俺はまだ時間あるし、おまえさえよければ教えてくれ」
「分かった。それじゃあ…」
そのとき、ふたりの携帯電話が同時に鳴りはじめる。
深刻そうな表情で何かを話した後、冬真さんが私を見ながら真剣な表情で言った。
「今日はここまでにする。君は部屋にいて。今からする話、聞かない方がいいだろうから」
「分かりました…」
少し寂しい気持ちになったけれど、お仕事の邪魔はしたくない。
ただ、どうしてこんなに心配になるんだろう。
心のざわざわを日記に書いておくことにした。
【今日はお料理を教えてもらいました。
冬真さんについてはまだまだ分からないことも多いけど、もう少し仲良くなれると嬉しいです。
それから、どうしてか心がざわざわしているような気がします。この気持ちは何という名前なんでしょうか】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

怒れるおせっかい奥様

asamurasaki
恋愛
ベレッタ・サウスカールトンは出産時に前世の記憶を思い出した。 可愛い男の子を産んだその瞬間にベレッタは前世の記憶が怒涛のことく甦った。 日本人ので三人の子持ちで孫もいた60代女性だった記憶だ。 そして今までのベレッタの人生も一緒に思い出した。 コローラル子爵家第一女として生まれたけど、実の母はベレッタが4歳の時に急な病で亡くなった。 そして母の喪が明けてすぐに父が愛人とその子を連れて帰ってきた。 それからベレッタは継母と同い年の義妹に虐げられてきた。 父も一緒になって虐げてくるクズ。 そしてベレッタは18歳でこの国の貴族なら通うことが義務付けられてるアカデミーを卒業してすぐに父の持ってきた縁談で結婚して厄介払いされた。 相手はフィンレル・サウスカールトン侯爵22歳。 子爵令嬢か侯爵と結婚なんて…恵まれているはずがない! あのクズが持ってきた縁談だ、資金援助を条件に訳あり侯爵に嫁がされた。 そのベレッタは結婚してからも侯爵家で夫には見向きもされず、使用人には冷遇されている。 白い結婚でなかったのは侯爵がどうしても後継ぎを必要としていたからだ。 良かったのか悪かったのか、初夜のたったの一度でベレッタは妊娠して子を生んだ。 前世60代だった私が転生して19歳の少女になった訳よね? ゲームの世界に転生ってやつかしら?でも私の20代後半の娘は恋愛ゲームやそういう異世界転生とかの小説が好きで私によく話していたけど、私はあまり知らないから娘が話してたことしかわからないから、当然どこの世界なのかわからないのよ。 どうして転生したのが私だったのかしら? でもそんなこと言ってる場合じゃないわ! あの私に無関心な夫とよく似ている息子とはいえ、私がお腹を痛めて生んだ愛しい我が子よ! 子供がいないなら離縁して平民になり生きていってもいいけど、子供がいるなら話は別。 私は自分の息子の為、そして私の為に離縁などしないわ! 無関心夫なんて宛にせず私が息子を立派な侯爵になるようにしてみせるわ! 前世60代女性だった孫にばぁばと言われていたベレッタが立ち上がる! 無関心夫の愛なんて求めてないけど夫にも事情があり夫にはガツンガツン言葉で責めて凹ませますが、夫へのざまあはありません。 他の人たちのざまあはアリ。 ユルユル設定です。 ご了承下さい。

もう我慢しなくて良いですか? 【連載中】

青緑
恋愛
女神に今代の聖女として選定されたメリシャは二体の神獣を授かる。 親代わりの枢機卿と王都を散策中、王子によって婚約者に選ばれてしまう。法衣貴族の娘として学園に通う中、王子と会う事も関わる事もなく、表向き平穏に暮らしていた。 ある辺境で起きた魔物被害を食い止めたメリシャは人々に聖女として認められていく。しかしある日、多くの王侯貴族の前で王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。長い間、我儘な王子に我慢してきた聖女は何を告げるのか。 ——————————— 本作品は七日から十日おきでの投稿を予定しております。 更新予定時刻は投稿日の17時を固定とさせていただきます。 誤字・脱字をお知らせしてくださると、幸いです。 読み難い箇所のお知らせは、何話の修正か記載をお願い致しますm(_ _)m ※40話にて、近況報告あり。 ※52話より、次回話の更新をお知らせします。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

【完結】人生を諦めていましたが、今度こそ幸せになってみせます。

曽根原ツタ
恋愛
──もう全部どうでもいいや。 ──ああ、なんだ。私まだ生きてるんだ。 ルセーネは強い神力を持っていたために、魔物を封じる生贄として塔に幽閉された。次第に希望も潰えて、全てを諦めてしまう。けれど7年後、正体不明の男がルセーネの目の前に現れ……? これは、人生を諦めていた主人公が、才能を見出され、本当の居場所を見つけるお話。

【完結】公爵令嬢ルナベルはもう一度人生をやり直す

金峯蓮華
恋愛
卒業パーティーで婚約破棄され、国外追放された公爵令嬢ルナベルは、国外に向かう途中に破落戸達に汚されそうになり、自害した。 今度生まれ変わったら、普通に恋をし、普通に結婚して幸せになりたい。 死の間際にそう臨んだが、気がついたら7歳の自分だった。 しかも、すでに王太子とは婚約済。 どうにかして王太子から逃げたい。王太子から逃げるために奮闘努力するルナベルの前に現れたのは……。 ルナベルはのぞみどおり普通に恋をし、普通に結婚して幸せになることができるのか? 作者の脳内妄想の世界が舞台のお話です。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

結婚式をやり直したい辺境伯

C t R
恋愛
若き辺境伯カークは新妻に言い放った。 「――お前を愛する事は無いぞ」 帝国北西の辺境地、通称「世界の果て」に隣国の貴族家から花嫁がやって来た。 誰からも期待されていなかった花嫁ラルカは、美貌と知性を兼ね備える活発で明るい女性だった。 予想を裏切るハイスペックな花嫁を得た事を辺境の人々は歓び、彼女を歓迎する。 ラルカを放置し続けていたカークもまた、彼女を知るようになる。 彼女への仕打ちを後悔したカークは、やり直しに努める――――のだが。 ※シリアスなラブコメ ■作品転載、盗作、明らかな設定の類似・盗用、オマージュ、全て禁止致します。

【完結】転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。 婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。 しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。 二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。 彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。 恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。 ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。 それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。

処理中です...