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秋久ルート
第5話
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先に寝てていいと言われたのに、結局眠れずに起きている。
料理のお礼に料理なんて変な気もするけれど、今の私にできるのはこれくらいだった。
「…?」
そのとき、もふもふしたしっぽが少し離れた場所で動いているのが見えた。
「あ、あの…誰かいるんですか?」
ついそんな言葉をかけてしまうけれど、当然返事があるはずもない。
そのまま料理を仕上げていると、ばたばたと足音がした。
「ただいま」
「お、おかえりなさい…?」
秋久さんは大股で近づいてきたかと思うと、心配そうな顔でこちらを見ている。
「お嬢ちゃん、もしかして眠れなかったか?」
「あ、えっと…すみません」
さっきのしっぽのことを伝えようか迷っていると、秋久さんは何かを察したように目を細めた。
「そういえば、まだあいつを紹介してなかったな」
「あいつ、ですか?」
「ああ。…ちょっと待ってな」
彼は迷わずしっぽが見えた扉の向こうに入ったかと思うと、何かを抱えて戻ってきた。
「こいつは甘栗。狸なんだが、左耳が聞こえてないから自然にかえすわけにもいかなくてな。許可をもらって育ててる」
「そう、なんですか…」
びくりと体を震わせる甘栗に、秋久さんができるだけ優しく語りかける。
「悪戯するなって言ったよな?あの部屋にあるのは大事なものばかりなんだ」
なんとなく言葉が通じているのか、甘栗は小さく鳴いた。
「なんとなく、申し訳ないと思っているような気がします」
「…お嬢ちゃんは優しいんだな」
「そんなことないです。私なんか、これくらいしかできることがないので…」
料理だけは失敗したくない一心でなんとか完成させて、今ここに立っている。
「これくらい、じゃないと思うけどな」
「え…?」
顔をあげると、腕に温かいものが飛びこんできた。
「おいこら、甘栗。そんな急に飛びついたらお嬢ちゃんが驚くだろう?」
なんとか抱きあげることができたけれど、もし落としてしまっていたらと思うと背筋が凍る。
「悪い。普段はこんなふうに初対面の相手に懐いたりしないんだが…」
「いえ、大丈夫です」
恐る恐る体を撫でてみると、少し高い声できゅうと鳴いた。
「上機嫌みたいだ」
「それならよかったです」
「ところで、何を作ってたんだ?」
「えっと、その…特に意味はないんです。ただ、お世話になりっぱなしなので、何かやらないと落ち着かなくて…」
「ありがとな。さっきまで外にいて体が冷えてるから、こういうのはかなり助かる」
秋久さんはまた頭をぽんと撫でてくれた。
できたてのうちに食べてもらえるなら、きっと気に入ってもらえるはずだ。
甘栗を抱きしめる腕に少し力をこめながら、彼が一口食べる瞬間を少し離れた場所から見つめた。
「…美味いな。俺が作ったものより美味い」
「ありがとうございます」
これで少しは役に立てただろうか。
ほっとしていると、腕の中から寝息が聞こえてきた。
「…甘栗、寝ちゃったみたいです」
「そうだな。余程お嬢ちゃんのことが気に入ったらしい。悪いが、もう少しそのままでいてもらえるか?」
「はい」
起こさないように気をつけながら、柔らかいソファーに座り直す。
もふもふなけなみを堪能できて、どうしてか少し嬉しくなった。
料理のお礼に料理なんて変な気もするけれど、今の私にできるのはこれくらいだった。
「…?」
そのとき、もふもふしたしっぽが少し離れた場所で動いているのが見えた。
「あ、あの…誰かいるんですか?」
ついそんな言葉をかけてしまうけれど、当然返事があるはずもない。
そのまま料理を仕上げていると、ばたばたと足音がした。
「ただいま」
「お、おかえりなさい…?」
秋久さんは大股で近づいてきたかと思うと、心配そうな顔でこちらを見ている。
「お嬢ちゃん、もしかして眠れなかったか?」
「あ、えっと…すみません」
さっきのしっぽのことを伝えようか迷っていると、秋久さんは何かを察したように目を細めた。
「そういえば、まだあいつを紹介してなかったな」
「あいつ、ですか?」
「ああ。…ちょっと待ってな」
彼は迷わずしっぽが見えた扉の向こうに入ったかと思うと、何かを抱えて戻ってきた。
「こいつは甘栗。狸なんだが、左耳が聞こえてないから自然にかえすわけにもいかなくてな。許可をもらって育ててる」
「そう、なんですか…」
びくりと体を震わせる甘栗に、秋久さんができるだけ優しく語りかける。
「悪戯するなって言ったよな?あの部屋にあるのは大事なものばかりなんだ」
なんとなく言葉が通じているのか、甘栗は小さく鳴いた。
「なんとなく、申し訳ないと思っているような気がします」
「…お嬢ちゃんは優しいんだな」
「そんなことないです。私なんか、これくらいしかできることがないので…」
料理だけは失敗したくない一心でなんとか完成させて、今ここに立っている。
「これくらい、じゃないと思うけどな」
「え…?」
顔をあげると、腕に温かいものが飛びこんできた。
「おいこら、甘栗。そんな急に飛びついたらお嬢ちゃんが驚くだろう?」
なんとか抱きあげることができたけれど、もし落としてしまっていたらと思うと背筋が凍る。
「悪い。普段はこんなふうに初対面の相手に懐いたりしないんだが…」
「いえ、大丈夫です」
恐る恐る体を撫でてみると、少し高い声できゅうと鳴いた。
「上機嫌みたいだ」
「それならよかったです」
「ところで、何を作ってたんだ?」
「えっと、その…特に意味はないんです。ただ、お世話になりっぱなしなので、何かやらないと落ち着かなくて…」
「ありがとな。さっきまで外にいて体が冷えてるから、こういうのはかなり助かる」
秋久さんはまた頭をぽんと撫でてくれた。
できたてのうちに食べてもらえるなら、きっと気に入ってもらえるはずだ。
甘栗を抱きしめる腕に少し力をこめながら、彼が一口食べる瞬間を少し離れた場所から見つめた。
「…美味いな。俺が作ったものより美味い」
「ありがとうございます」
これで少しは役に立てただろうか。
ほっとしていると、腕の中から寝息が聞こえてきた。
「…甘栗、寝ちゃったみたいです」
「そうだな。余程お嬢ちゃんのことが気に入ったらしい。悪いが、もう少しそのままでいてもらえるか?」
「はい」
起こさないように気をつけながら、柔らかいソファーに座り直す。
もふもふなけなみを堪能できて、どうしてか少し嬉しくなった。
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