裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第98話

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「ごめんね、お待たせ」
「あ、あの、話は…」
「大丈夫だよ、ちゃんと終わったから。よかったら一緒に飲まない?」
「あ、ありがとうございます。…いただきます」
淹れてもらったココアを飲みながら、じっと夏彦を見つめる。
彼は優しく微笑んで、一旦ティーカップを置く。
「それじゃあ月見ちゃん、これから退院するタイミングの話をしようか」
「は、はい」
少し緊張しながら背筋を伸ばすと、また夏彦は笑っていた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。単純に、これからどうしようかって話だから。
まー君が大学の勉強でどたばたになるなら、ここに長居させてもらうのも悪いしね」
「あ、あの…」
「どうしたの?」
「私は、夏彦と一緒にいてもいいのでしょうか?」
「あの家は月見ちゃんの家でもある。だから、君が帰りたいと思ってくれるならこれからもあの場所が家になるんだ」
夏彦は優しいから、本当は嫌なんじゃないかと思っていた。
無理に置いてくれているんじゃないかって思っていたのに、今の言葉に嘘はない。
「それじゃあ、その…引き続きお世話になります。あんまりできることはないですが、頑張ります」
「俺、ずっと月見ちゃんに助けられてるけどな…」
「え?」
「ううん、なんでもない。それなら3日後にしようか。まー君には後で伝えるとして、荷物はしておかないと。
あとはソルトを連れて帰る準備もしないとね。もしかするとこれ次第で変わることもあるかもしれないけど…」
沢山の紙束に何が書かれているのか、私には分からない。
ただ、それに悪いことが書かれていたら夏彦はあんなふうにほっとした顔をしないだろう。
「…よし、さっき話したので決まり!」
「あの、それは一体…」
「事件の資料。新しいものもあれば、あいつらに関することが書かれているものもある。
…兄の事件も調べ直すってアッキーが約束してくれたんだ。だから、一応一件落着」
「そうなんですね」
これで夏彦が抱えていたものは少しでも軽くなっただろうか。
そのことにほっとしながら、足元にやってきたふわふわしたものを抱きあげる。
「ソルトも一緒に帰りましょうね」
意味が理解したのか、ソルトは嬉しそうにひと鳴きしてすり寄ってくる。
「まー君と仲良くなってたから、きっと残念がるだろうね」
「そうですね…」
退院するときには冬真さんにもきちんとお礼を言いたい。
リハビリや料理、悩んでいるとき…話し相手になってくれて色々お世話になりっぱなしだった。
誰かと一緒にいる未来なんて想像したこともなかったけれど、今ならそれがどれだけ楽しいものか分かる。
「困ったときは言ってね。荷造りも手伝うから」
「ありがとうございます」
その日にハンカチを渡して、想いを届けよう。
そんなことを考えながら、膝の上にいるソルトを撫でた。
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