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春人ルート
第96話
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「あの…何かあったんですか?」
部屋に入ってからというもの、なんとなくぴりついた雰囲気を感じている。
「いや、特に何も。…あったといえばあったというか、説明するのが難しい」
春人の表情は深刻で、冬真さんと話したなかで何かあったのは間違いなかった。
「やっぱり、体調があまりよくないとか…」
「そんなことはない。ただ、少し心が押し潰されそうになるような話があるんだ」
「私の話、ですか?」
「冬真もするかどうか困ってた。…だから俺からするって引き受けたんだ」
ふたりが困る話というのはどんな話なんだろう。
首を傾げていると、小さくごめんとつぶやく声が耳に届く。
「どうして謝るんですか?」
「俺を庇わなければ、君だけは無事でいられたかもしれない」
「え…?」
「もしかするとの話になるけど、君の右手はもう──」
もしかしたらと予想はしていた。
それでも、いつかは動くかもしれないと希望を持つようにはしていたけれど…やっぱりそうだったんだ。
「そう、なんですね」
「…ごめん」
「どうして謝るんですか?」
錆びついて動かなかったのか、それとも歯車が抜けていたのかは分からない。
どちらにしろ感情なんてものと無縁だった私に沢山思いやりをくれたのは、間違いなく春人だ。
それなのに、どうして彼は今にも泣き出しそうな顔で私に謝るんだろう。
「俺は、君を護れなかった」
「いつも護ってくれています。寧ろ、いつも護られてばかりで申し訳ないです」
春人はどこかで自分のことを責めているのかもしれないけれど、私は彼を責める気にはなれなかった。
というよりも、そんな資格はない。
それに、これくらいのことで彼の命を護れたなら本当によかった。
「私は…これから先、春人が春人を大切にしてくれれば、それだけで充分です」
「…怒らないの?君にはその権利があるのに、俺のことを責めたり…」
「しません。私は、春人が生きていてくれてよかったって思うので…全然怒ってないんです」
あなたがくれた想いを胸に、私は今日もこうして動いていられる。
それなのに、どうして彼を責めることができようか。
どんな言葉で伝えたらいいのか分からないけれど、とにかく責める気持ちも怒る気持ちもない。
ただあるのは、生きていても仕方がないと考えていた日々をがらっと変えてくれたことに対する感謝だけだ。
「私は、今でも春人に感謝しています。だから、これから先右手が使えなかったとしても平気です」
私の心が動くのは、春人がぜんまいを廻してくれるからなのだから。
どこまで言葉にしていいか分からないけれど、ただ春人の手に手を添える。
彼の目からは涙が一筋零れた。
部屋に入ってからというもの、なんとなくぴりついた雰囲気を感じている。
「いや、特に何も。…あったといえばあったというか、説明するのが難しい」
春人の表情は深刻で、冬真さんと話したなかで何かあったのは間違いなかった。
「やっぱり、体調があまりよくないとか…」
「そんなことはない。ただ、少し心が押し潰されそうになるような話があるんだ」
「私の話、ですか?」
「冬真もするかどうか困ってた。…だから俺からするって引き受けたんだ」
ふたりが困る話というのはどんな話なんだろう。
首を傾げていると、小さくごめんとつぶやく声が耳に届く。
「どうして謝るんですか?」
「俺を庇わなければ、君だけは無事でいられたかもしれない」
「え…?」
「もしかするとの話になるけど、君の右手はもう──」
もしかしたらと予想はしていた。
それでも、いつかは動くかもしれないと希望を持つようにはしていたけれど…やっぱりそうだったんだ。
「そう、なんですね」
「…ごめん」
「どうして謝るんですか?」
錆びついて動かなかったのか、それとも歯車が抜けていたのかは分からない。
どちらにしろ感情なんてものと無縁だった私に沢山思いやりをくれたのは、間違いなく春人だ。
それなのに、どうして彼は今にも泣き出しそうな顔で私に謝るんだろう。
「俺は、君を護れなかった」
「いつも護ってくれています。寧ろ、いつも護られてばかりで申し訳ないです」
春人はどこかで自分のことを責めているのかもしれないけれど、私は彼を責める気にはなれなかった。
というよりも、そんな資格はない。
それに、これくらいのことで彼の命を護れたなら本当によかった。
「私は…これから先、春人が春人を大切にしてくれれば、それだけで充分です」
「…怒らないの?君にはその権利があるのに、俺のことを責めたり…」
「しません。私は、春人が生きていてくれてよかったって思うので…全然怒ってないんです」
あなたがくれた想いを胸に、私は今日もこうして動いていられる。
それなのに、どうして彼を責めることができようか。
どんな言葉で伝えたらいいのか分からないけれど、とにかく責める気持ちも怒る気持ちもない。
ただあるのは、生きていても仕方がないと考えていた日々をがらっと変えてくれたことに対する感謝だけだ。
「私は、今でも春人に感謝しています。だから、これから先右手が使えなかったとしても平気です」
私の心が動くのは、春人がぜんまいを廻してくれるからなのだから。
どこまで言葉にしていいか分からないけれど、ただ春人の手に手を添える。
彼の目からは涙が一筋零れた。
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