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春人ルート
第90話
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「でも、」
「俺の怪我は見た目ほど酷くない。それに、これくらいなら慣れてる」
今までどんなお仕事をしてきたんだろう。
春人はとても強い人だ。それから、やっぱり陽だまりのように優しい。
「…やっぱり感覚ない?」
「は、はい。すみません…」
「謝るのは俺の方だ」
その声にはどこか暗さが滲んでいて、春人は私の感覚がない右手を握りながら動かなくなってしまう。
自分を責めてほしくないのに、どう伝えればいいのか分からない。
…分からないけれど、分からないなりに言葉にしてみよう。
「私は、春人にそんな顔をしてほしくありません。今だってだいぶ左手でできることが増えましたし…。
それに、やっぱり春人の方が痛そうです」
心も体もぼろぼろな気がして、マッサージしてくれていた手に手を添える。
「私は、今こうしてあなたと過ごせるだけで充分なんです。…もしかすると、こうして生きていることもなかったかもしれないから」
私の心の歯車は錆びついて動いていなかった。
それはもうずっと昔からだったのかもしれないし、あの家を出る頃にそうなったのかもしれない。
それは分からないけれど、今ここにいられるのは春人のおかげだ。
「上手く言えないんですが、春人は私のぜんまいを回してくれました。だから…ありがとうでは足りないくらい、ありがとうございます」
「…まったく、君には敵わない」
春人の手が私の右手をゆっくり持ちあげはじめる。
冬真にやってもらうときは緊張したことがないのに、どうして春人相手だとこんなに緊張するんだろう。
…雪乃は、想いはちゃんと言葉にしないと伝わらないと言った。
それならこれから言葉にして伝えても、遅くないだろうか。
「…このくらいしかできないけど、俺は君が側にいてくれると頑張れる。
人間関係を築くのは得意な方じゃないのに、君と話しているときはそういうことを忘れてる」
「ありがとうございます」
そういえば、ひとつ気になっていることがある。
「あ、あの…」
「どうかした?」
「さっき雪乃から受け取ったものって、一体何だったんですか?」
結構分厚そうに見えるそれには一体何が入っているんだろう。
「これは仕事の資料。…といっても修理のだけど」
その言葉にほっとしつつ、言葉の続きを待つ。
「それから、刑務所の様子がどうなってるか調べてきてもらったんだ。逃げ出されたりしないように、しっかり見張りが強化されているかとか」
「そんなことまで調べられるんですね…」
「養子とはいえ、あの人の情報収集を1番近くで見てきただろうから」
私が知らない探偵としての雪乃も、かなり凄腕なんだろうと想像できた。
封筒の中身を見る春人の声は少し弾んでいて、悪いことはあまり書かれていないように思える。
「どう、だったんですか?」
「今のところ大丈夫みたい。ただ、君さえよければまた修理を手伝ってくれる?」
「はい、勿論です」
頼ってもらえるのが嬉しくて、すぐにそう返事する。
そのとき見た春人の顔は、いつもより赤くなっているような気がした。
「俺の怪我は見た目ほど酷くない。それに、これくらいなら慣れてる」
今までどんなお仕事をしてきたんだろう。
春人はとても強い人だ。それから、やっぱり陽だまりのように優しい。
「…やっぱり感覚ない?」
「は、はい。すみません…」
「謝るのは俺の方だ」
その声にはどこか暗さが滲んでいて、春人は私の感覚がない右手を握りながら動かなくなってしまう。
自分を責めてほしくないのに、どう伝えればいいのか分からない。
…分からないけれど、分からないなりに言葉にしてみよう。
「私は、春人にそんな顔をしてほしくありません。今だってだいぶ左手でできることが増えましたし…。
それに、やっぱり春人の方が痛そうです」
心も体もぼろぼろな気がして、マッサージしてくれていた手に手を添える。
「私は、今こうしてあなたと過ごせるだけで充分なんです。…もしかすると、こうして生きていることもなかったかもしれないから」
私の心の歯車は錆びついて動いていなかった。
それはもうずっと昔からだったのかもしれないし、あの家を出る頃にそうなったのかもしれない。
それは分からないけれど、今ここにいられるのは春人のおかげだ。
「上手く言えないんですが、春人は私のぜんまいを回してくれました。だから…ありがとうでは足りないくらい、ありがとうございます」
「…まったく、君には敵わない」
春人の手が私の右手をゆっくり持ちあげはじめる。
冬真にやってもらうときは緊張したことがないのに、どうして春人相手だとこんなに緊張するんだろう。
…雪乃は、想いはちゃんと言葉にしないと伝わらないと言った。
それならこれから言葉にして伝えても、遅くないだろうか。
「…このくらいしかできないけど、俺は君が側にいてくれると頑張れる。
人間関係を築くのは得意な方じゃないのに、君と話しているときはそういうことを忘れてる」
「ありがとうございます」
そういえば、ひとつ気になっていることがある。
「あ、あの…」
「どうかした?」
「さっき雪乃から受け取ったものって、一体何だったんですか?」
結構分厚そうに見えるそれには一体何が入っているんだろう。
「これは仕事の資料。…といっても修理のだけど」
その言葉にほっとしつつ、言葉の続きを待つ。
「それから、刑務所の様子がどうなってるか調べてきてもらったんだ。逃げ出されたりしないように、しっかり見張りが強化されているかとか」
「そんなことまで調べられるんですね…」
「養子とはいえ、あの人の情報収集を1番近くで見てきただろうから」
私が知らない探偵としての雪乃も、かなり凄腕なんだろうと想像できた。
封筒の中身を見る春人の声は少し弾んでいて、悪いことはあまり書かれていないように思える。
「どう、だったんですか?」
「今のところ大丈夫みたい。ただ、君さえよければまた修理を手伝ってくれる?」
「はい、勿論です」
頼ってもらえるのが嬉しくて、すぐにそう返事する。
そのとき見た春人の顔は、いつもより赤くなっているような気がした。
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