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夏彦ルート
第72話
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「…お嬢ちゃん、今ちょっといいか?」
部屋に戻ると秋久さんに声をかけられた。
「えっと、事情聴取…ですか?」
「そんな堅いもんじゃない。ただ、なんであいつの後をつけたんだろうと思ってな」
「…ただ、心配だったんです。いつもと様子が違うし、もしかすると何かあったんじゃないかって思って…」
「あいつ、意外と分かりやすいからな」
秋久さんは苦笑いして珈琲を飲みはじめた。
「悪い、こういうの苦手じゃないか?」
「珈琲はいいにおいだと思います」
「そうか。…お嬢ちゃん」
「は、はい」
突然変わった雰囲気に少し戸惑いながら、なんとか返事をする。
「本当にありがとう。それから、もうちょっと早く来るべきだったな。すまなかった」
「謝らないでください。私は、夏彦を護れて嬉しかったんです。だから、謝らないでほしいです…」
助けてもらったお礼を何もできていない私にやれたのはそれくらいで、結果的にふたりとも生きている。
今はそれだけで充分な気がした。
「お嬢ちゃんはいい子だな」
「そんなこと、ないと思います」
「そんなに謙遜しなくても、俺はこんなところで嘘を吐いたりはしねえよ」
そんな優しい言葉に励まされながら、私はただ一礼した。
それからしばらくして、別の人物が部屋にやってくる。
「すみません、花を飾ってもよろしいでしょうか?」
「お、お願いします」
春人さんは花瓶を持ったまま、目を細めて私の手元を見つめた。
「秋久からですか?」
「はい。体調が辛くないときに話を書いてほしいと言われました」
「そうですか。もう少し減らすように言っておきますね」
「い、いえ、大丈夫です。ちゃんと書きたいので…」
春人は少し驚いているようだったけれど、すぐに笑顔で分かりましたと言ってくれた。
「夏彦とは話しましたか?」
「さっき病室の前まで行ったんですけど、寝ていたのでそのまま引き返してしまいました」
「…今なら起きていると思います。だから、あなたさえよければ行ってあげてください」
私はただ頷いて、綺麗に飾られた花を見つめた。
「それではまた来ます」
「あの…助けてくれて、ありがとうございました」
「お礼を言わなければならないのはこちらの方ですよ」
春人さんはそれだけ話して部屋を出た。
紫陽花に似ているようだけれど、何という名前だろう。
そんなことも気になったけれど、夏彦が起きているのなら少しでも話がしたい。
気味が悪くて嫌だと思っているかもしれないけれど、私は彼のことが…。
「…失礼します」
慣れない杖を振りながらゆっくり扉を開ける。
真っ白なベッドの上、向日葵色の髪をがりがりと触りながらぼんやりと窓の外を見つめる夏彦が体を起こしていた。
部屋に戻ると秋久さんに声をかけられた。
「えっと、事情聴取…ですか?」
「そんな堅いもんじゃない。ただ、なんであいつの後をつけたんだろうと思ってな」
「…ただ、心配だったんです。いつもと様子が違うし、もしかすると何かあったんじゃないかって思って…」
「あいつ、意外と分かりやすいからな」
秋久さんは苦笑いして珈琲を飲みはじめた。
「悪い、こういうの苦手じゃないか?」
「珈琲はいいにおいだと思います」
「そうか。…お嬢ちゃん」
「は、はい」
突然変わった雰囲気に少し戸惑いながら、なんとか返事をする。
「本当にありがとう。それから、もうちょっと早く来るべきだったな。すまなかった」
「謝らないでください。私は、夏彦を護れて嬉しかったんです。だから、謝らないでほしいです…」
助けてもらったお礼を何もできていない私にやれたのはそれくらいで、結果的にふたりとも生きている。
今はそれだけで充分な気がした。
「お嬢ちゃんはいい子だな」
「そんなこと、ないと思います」
「そんなに謙遜しなくても、俺はこんなところで嘘を吐いたりはしねえよ」
そんな優しい言葉に励まされながら、私はただ一礼した。
それからしばらくして、別の人物が部屋にやってくる。
「すみません、花を飾ってもよろしいでしょうか?」
「お、お願いします」
春人さんは花瓶を持ったまま、目を細めて私の手元を見つめた。
「秋久からですか?」
「はい。体調が辛くないときに話を書いてほしいと言われました」
「そうですか。もう少し減らすように言っておきますね」
「い、いえ、大丈夫です。ちゃんと書きたいので…」
春人は少し驚いているようだったけれど、すぐに笑顔で分かりましたと言ってくれた。
「夏彦とは話しましたか?」
「さっき病室の前まで行ったんですけど、寝ていたのでそのまま引き返してしまいました」
「…今なら起きていると思います。だから、あなたさえよければ行ってあげてください」
私はただ頷いて、綺麗に飾られた花を見つめた。
「それではまた来ます」
「あの…助けてくれて、ありがとうございました」
「お礼を言わなければならないのはこちらの方ですよ」
春人さんはそれだけ話して部屋を出た。
紫陽花に似ているようだけれど、何という名前だろう。
そんなことも気になったけれど、夏彦が起きているのなら少しでも話がしたい。
気味が悪くて嫌だと思っているかもしれないけれど、私は彼のことが…。
「…失礼します」
慣れない杖を振りながらゆっくり扉を開ける。
真っ白なベッドの上、向日葵色の髪をがりがりと触りながらぼんやりと窓の外を見つめる夏彦が体を起こしていた。
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