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春人ルート
第56話
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「…おはよう」
「おはよう、ございます」
それから数日、蕀さんたちの状態を気にしながら生活している。
春人の怪我は思った以上に酷いものだったらしく、なかなか治らない。
動くだけで顔をしかめている姿を見ていることしかできないのは、とにかくもどかしかった。
「あの、包帯…」
「ありがとう」
軽く投げるような形の渡し方になったにも関わらず、春人は片手でしっかり捕らえる。
相変わらず心のどこかで歯車が止まっているようだけれど、今はどんな小さなことでもいいから彼を支えたかった。
「ご飯、こうすると食べやすいですか?」
「歩くと結構痛みが広がるから、こういうトレイで固定されてると滑りづらくてありがたい」
前より思っていることを教えてもらえるようになって、それだけでも充分嬉しい。
ただ、少しだけ私が欲張りになっているんだと思う。
役に立ちたくて、ずっと側にいたくて…いつもから回りしてしまうけれど、隣にいさせてほしいなんて考えている。
「…大丈夫?」
「あ、えっと…すみません」
「別にそんなふうに謝る必要はない。ただ、まだ疲れているようなら寝ていた方がいいだろうと思っただけ」
「ありがとう、ございます。でも、本当に平気なんです」
頭はいつもより冴えていて、とにかくぐるぐる動いている。
この状態なら考えることはできるし、危険も察知しやすいはずだ。
「また少し出掛けるけど、君も行く?」
「邪魔にならないなら、行きたいです」
「それじゃあ決まり。支度したら声をかけて」
私は頷いてその場を後にする。
出掛けられる格好に着替えている間も、自分にできることはないかずっと考えていた。
どうしても何かしたいのに、傷だらけの春人に頼ってばかりいるのは心苦しい。
「…俺のも作ってくれたの?」
「はい。みなさんの分があれば、危険な目に遭っていることくらいは察知できるので…」
「やっぱりすごいね、君は」
そんな話をしながら町を歩いていると、目の前から二度と見たくなかったものが迫ってくる。
…どうしてあの人たちがこんなところにいるんだろう。
「は……はあ…」
「月見?」
息が苦しい。上手く歩けなくて、どんどん目の前が霞んでいく。
「…大丈夫。君はもっと堂々としてていい」
「で、も、」
「舌を噛まないようにね」
いきなり抱きあげられて、小走りでどこか建物へ入っていく。
春人は中に入りきったところでおろしてくれたけれど、私は迷惑をかけてしまったこととあの人たちへの恐怖でパニックになっていた。
「──月見」
真っ直ぐ名前を呼ばれたかと思うと、思いきり抱きしめられる。
「大丈夫。この中にあの人たちは入れないから」
不安でぽろぽろ涙が零れるなか、そのぬくもりに手を伸ばす。
そっと優しく背中を撫でる手はやっぱり優しい。
「ごめんなさ…」
「大丈夫。君が不安なら、あの人たちには君のことを諦めてもらう」
ふわりと揺れた黒柿色の髪を整えながら言葉を発した瞳には、決意の色が滲んでいた。
「おはよう、ございます」
それから数日、蕀さんたちの状態を気にしながら生活している。
春人の怪我は思った以上に酷いものだったらしく、なかなか治らない。
動くだけで顔をしかめている姿を見ていることしかできないのは、とにかくもどかしかった。
「あの、包帯…」
「ありがとう」
軽く投げるような形の渡し方になったにも関わらず、春人は片手でしっかり捕らえる。
相変わらず心のどこかで歯車が止まっているようだけれど、今はどんな小さなことでもいいから彼を支えたかった。
「ご飯、こうすると食べやすいですか?」
「歩くと結構痛みが広がるから、こういうトレイで固定されてると滑りづらくてありがたい」
前より思っていることを教えてもらえるようになって、それだけでも充分嬉しい。
ただ、少しだけ私が欲張りになっているんだと思う。
役に立ちたくて、ずっと側にいたくて…いつもから回りしてしまうけれど、隣にいさせてほしいなんて考えている。
「…大丈夫?」
「あ、えっと…すみません」
「別にそんなふうに謝る必要はない。ただ、まだ疲れているようなら寝ていた方がいいだろうと思っただけ」
「ありがとう、ございます。でも、本当に平気なんです」
頭はいつもより冴えていて、とにかくぐるぐる動いている。
この状態なら考えることはできるし、危険も察知しやすいはずだ。
「また少し出掛けるけど、君も行く?」
「邪魔にならないなら、行きたいです」
「それじゃあ決まり。支度したら声をかけて」
私は頷いてその場を後にする。
出掛けられる格好に着替えている間も、自分にできることはないかずっと考えていた。
どうしても何かしたいのに、傷だらけの春人に頼ってばかりいるのは心苦しい。
「…俺のも作ってくれたの?」
「はい。みなさんの分があれば、危険な目に遭っていることくらいは察知できるので…」
「やっぱりすごいね、君は」
そんな話をしながら町を歩いていると、目の前から二度と見たくなかったものが迫ってくる。
…どうしてあの人たちがこんなところにいるんだろう。
「は……はあ…」
「月見?」
息が苦しい。上手く歩けなくて、どんどん目の前が霞んでいく。
「…大丈夫。君はもっと堂々としてていい」
「で、も、」
「舌を噛まないようにね」
いきなり抱きあげられて、小走りでどこか建物へ入っていく。
春人は中に入りきったところでおろしてくれたけれど、私は迷惑をかけてしまったこととあの人たちへの恐怖でパニックになっていた。
「──月見」
真っ直ぐ名前を呼ばれたかと思うと、思いきり抱きしめられる。
「大丈夫。この中にあの人たちは入れないから」
不安でぽろぽろ涙が零れるなか、そのぬくもりに手を伸ばす。
そっと優しく背中を撫でる手はやっぱり優しい。
「ごめんなさ…」
「大丈夫。君が不安なら、あの人たちには君のことを諦めてもらう」
ふわりと揺れた黒柿色の髪を整えながら言葉を発した瞳には、決意の色が滲んでいた。
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