裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第36.5話

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まさか、そんなことが本当にあるなんて思っていなかった。
本の世界だけだと思っていたけど、実際に見てしまったのだからもう否定できない。
「…夏彦、今回は欠席してもよかったんだぞ?」
「ううん。みんなが事件を追ってるときにひとりだけ休みをもらうわけにはいかないよ。
それに、こっちの件は誰がやったのか大体分かってるしね」
月見ちゃんの能力については話さない方がいいだろう。
話さないって約束したし、隠し事があったっていいはずだ。
彼女との会話を思い出しながら、次の仕事についての話し合いをする。
「…追うか?」
「いや、大丈夫。幸い今は俺にしか興味ないみたいだし、ちょっと泳がせておく。
…他の人に手を出したら、そのときは考えるよ」
無意識のうちに殺気だっていたのか、他の面々が固まってしまった。
冬真に至っては顔が少し青くなっている。
「マー君?大丈夫?」
「……別に」
「ごめんごめん。苛つくとつい、ね」
「つい、であんなに殺気を放たれたら俺たちの身が持たないんだが…」
みんなには悪いけど、今の俺は怒りを抑えられる状態じゃない。
その帰り道、春人に呼び止められた。
「狙ってきたのはおまえの家の人間?」
「…まあね。とうとう居場所がばれて差し向けてこられたみたい」
「大丈夫じゃないと思ったら連絡して」
「ハルは優しいね。やっぱり持つべきものは友だ」
からかい半分で言うといつも怒るのに、今日はそれさえない。
「そっちこそ大丈夫なの?あの事件、まだ追ってるんでしょ?」
「…相変わらず進展しないけどね。少なくてもそっちより全然いい」
「そっか」
春人はまだあの人の死を吹っ切れていない。
それなら好きなだけ調べた方がいいだろう。
だが、相手が悪意を持った生者の場合はどう対処していくべきだろうか。
「夏彦」
「どうしたの?」
「…独りで考えて思い詰めすぎないで。俺でよければ協力するから、怒りで相手を殺してしまわないように気をつけて。
それから…いや、やっぱりいい。おやすみ」
「おやすみ」
きっと店の状態や夢を諦めるなと言いたかったのだろう。
いつだって人の優しさに救われてきた。
ハルからのものも、あの人からのものも…今は亡き、大切な人からも。
心配をかけるわけにはいかないと思うのに、何故かいつも見抜かれてしまう。
「殺さないように、か」
空は紺碧色に染まりきっていて、ありとあらゆる感情をその闇に溶かす。


──たったひとりの家族を消したあいつらを壊したいという最も根深い感情も、闇夜に全て隠してしまおう。
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