裏世界の蕀姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
46 / 385
春人ルート

第32話

しおりを挟む
あれから数日、新しい家での生活にまだ慣れない。
「そっちにひねっておいてから押すとお湯が出る」
「ごめんなさい…」
沢山のレバーに囲まれて、どれをどうすればいいのか分からなくなってしまうのだ。
「誰だって最初から何もかもできる訳じゃないんだから、謝る必要はない。
慣れるまでに色々な経験をするから楽しいっていうのもあるしね」
「左側に傾けるんですよね…?」
「そう。それでそのまま一気に押す」
生活能力に乏しい私が知っていることはまだまだ少ない。
ただ、迷惑をかけないように早く覚えようと思う。
「一旦休憩して」
「でも、」
「昨日からずっと掃除してるでしょ。…少しは休まないと体を壊す」
なんだか春人にいつも以上に気を遣わせてしまっているような気がして申し訳なくなる。
「…ごめんなさい」
一礼してから椅子に腰掛けると、春人は何かを作りはじめた。
「料理なら私も、」
「大丈夫。料理センスが絶望的な俺でもできることはあるから」
牛乳や蜂蜜、バニラエッセンス…その他諸々を入れてミキサーにかけている。
使ったことがない道具の登場に、何を作っているのか全く分からなかった。
しばらく大きな音がして、それがやむのとほぼ同時にグラスを差し出される。
「…完成。飲んでみて」
「い、いただきます…」
少し緊張しながら一口飲んでみると、口の中にほんのり甘い味が広がった。
「美味しい…」
「気に入ってもらえたならよかった。引っ越しの荷造りをしているときにたまたま見つけたんだ。
…修理すれば動くんじゃないかと思って試してみたんだけど、上手くできてよかった」
春人の笑顔を見ながら、少し不思議に思ったことがある。
「どうかした?」
「いいえ、なんでもなくて、その…作り方、教えてください」
「結構単純だと思うけど…」
彼は丁寧にレシピをメモして渡してくれた。
「ありがとうございます」
「君は少し休むこと。無理しないで」
「…はい」
そう言いつつ、どうしても気になってしまう。
食事は適当にとっていた、料理をしない、苦手でできない…彼は確かにそう言っていた。
それならどうして、こんなに沢山の調理器具があるんだろう。
誰かと一緒に住んでいたから、なのだろうか。
…それは、時折会話に出てくる【あの人】なのかもしれない。
「あの、お仕事しているところを見ていてもいいですか?」
「今日は見られて困るところじゃないから…どうぞ」
大量の部品に、それ以上の紙の束。
全部が修理の依頼書だと分かったときにはとても驚いた。
これだけ信頼されているのなら別のお仕事をしなくても生きていけそうなのに、どうして春人は修理以外の仕事もやっているのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

プロローグで死んでしまうリゼの話

おてんば松尾
恋愛
寒さに震えながらリゼは機関車に乗り込んだ。 疲労と空腹で、早く座席に座りたいと願った。 静かな揺れを感じながら、リゼはゆっくりと目を閉じた。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

Legend of kiss 1 〜雪の王子編〜(R)

明智 颯茄
恋愛
 1年後に死ぬ運命だとしたら、どうしますか?  白石 祐(ゆう)、17歳は人気ロックバンドのボーカル。彼の高校生活は、朝登校すれば、下駄箱にはプレゼントや手紙の山。昼休みや休み時間は女子に囲まれて、サインを求められる日々。性格はツンで俺様。  彼の幼馴染、神月(かづき) 亮(りょう)。彼女との仲は何ともないどころか、亮の天然ボケがあまりにもひどすぎて、祐の彼女への決まり文句は「放置してやる。ありがたく思え」  そんな亮には幼い頃から繰り返す見る夢があった。それは自分が死んでゆくもの。しかも、17歳の誕生日の朝から、呪いについてを伝える内容に変わったのだ。だが、特に変わったことも起きず、その日は無事に終了。  けれども、目が覚めると、別世界へといきなり来ていた。2人は他国の王子と王女に。混乱を極める中、それぞれの立場で、異世界で生きていくことになる。  だが、1晩明けると、本人たちの意思とは関係なく、恋仲だと噂が城中に広まっており、結婚話までトントン拍子に進んでいってしまう。    時の流れが通常より早い1年間の中で、亮の呪いを解くという使命が2人に課せられてしまったが、無事に解くことができるのだろうか?     Legend of kissシリーズ、第1弾、雪の王子編、開幕。  恋愛シミュレーションゲーム要素、30%あり。  この作品は性質上、同じ登場人物、設定で、主人公だけが入れ替わった状態で、シリーズが進んでゆきます。 *この作品は、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ、魔法のiランドにも掲載しています。

ミニゴブリンから始まる神の箱庭~トンデモ進化で最弱からの成り上がり~

リーズン
ファンタジー
〈はい、ミニゴブリンに転生した貴女の寿命は一ヶ月約三十日です〉  ……えーと? マジっすか? トラックに引かれチートスキル【喰吸】を貰い異世界へ。そんなありふれた転生を果たしたハクアだが、なんと転生先はミニゴブリンだった。 ステータスは子供にも劣り、寿命も一ヶ月しかなく、生き残る為には進化するしか道は無い。 しかし群れのゴブリンにも奴隷扱いされ、せっかく手に入れた相手の能力を奪うスキルも、最弱のミニゴブリンでは能力を発揮できない。 「ちくしょうそれでも絶対生き延びてやる!」 同じ日に産まれたゴブゑと、捕まったエルフのアリシアを仲間に進化を目指す。 次々に仲間になる吸血鬼、ドワーフ、元魔王、ロボ娘、勇者etc。 そして敵として現れる強力なモンスター、魔族、勇者を相手に生き延びろ! 「いや、私はそんな冒険ファンタジーよりもキャッキャウフフなラブコメスローライフの方が……」 予想外な行動とトラブルに巻き込まれ、巻き起こすハクアのドタバタ成り上がりファンタジーここに開幕。 「ダメだこの作者私の言葉聞く気ねぇ!?」 お楽しみください。 色々な所で投稿してます。 バトル多め、題名がゴブリンだけどゴブリン感は少ないです。

前世でわたしの夫だったという人が現れました

柚木ゆず
恋愛
 それは、わたしことエリーズの婚約者であるサンフォエル伯爵家の嫡男・ディミトリ様のお誕生日をお祝いするパーティーで起きました。  ディミトリ様と二人でいたら突然『自分はエリーズ様と前世で夫婦だった』と主張する方が現れて、驚いていると更に『婚約を解消して自分と結婚をして欲しい』と言い出したのです。  信じられないことを次々と仰ったのは、ダツレットス子爵家の嫡男アンリ様。  この方は何かの理由があって、夫婦だったと嘘をついているのでしょうか……? それともアンリ様とわたしは、本当に夫婦だったのでしょうか……?

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

処理中です...