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春人ルート
第20話
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「おはよう」
「お、おはようございます」
「今日も少し外に出てみようか。…といっても、雪乃のところに行くだけだけど」
私が頷くと、小さな鞄にラビとチェリーを入れてくれる。
「この子たちも一緒なら安心できるでしょ?」
「…ありがとう、ございます」
1歩外に出ると、春人は必ず歩調をあわせてくれている。
あまり迷惑をかけないようにとは思うものの、怪我の状態が予想以上に深刻だったらしい。
「…いらっしゃい。ふたりとも、そっちに座ってて」
「ありがとうございます」
こうしてふたりで座っていると、もうこの光景が当たり前になりつつあることに喜びを感じずにはいられない。
「ふたりならこういうものを食べてくれそうだから…味見してみて」
「ありがとう、ございます」
「雪乃、例のものを持ってきました」
「…そう。今回は直るの早かったね」
「そこまで大破していませんでしたので」
春人と雪乃の会話についていくことはできないものの、一緒にいられればそれだけでよかった。
ただ、先程から何かの視線を感じるような気がする。
過敏になっているだけなのか、それとも…
「動くな!」
「…!」
次の瞬間には雪乃が男の人に捕まっていた。
「その方を離していただけませんか?」
「煩い!早く金を用意しろ!」
大声で叫ぶ人は苦手だ。
それに、怖くなってだんだん体が固まっていくのを感じる。
「おまえの店がここにできたせいで俺の店は潰れたんだ!」
「…あなたは、時計屋の店主でしょう?私の店では、時計は売ってない。
雑貨も置いてあるけど、時計だけは置かないようにしてる」
「嘘だ!」
怒っている人の耳にはきちんと相手の言葉が届いていない。
それは身を以て知っていた。
いくら謝っても許してもらえなくて、理不尽に怒鳴り散らす。
雪乃の言うとおり、このお店には商品として並べられているもののなかに時計はなかった。
そもそも、カフェや探偵業が主なのだから置いてあるはずがないのだ。
「…大丈夫、俺がなんとかするから」
春人は私にそう囁いて、ゆっくり椅子から立ちあがる。
「彼女しか従業員がいないので、僕が人質になります。…でないとお金が手に入りませんよ」
「…ちっ」
雪乃は突き飛ばされ、代わりに春人の首筋にナイフが押し当てられる。
「おまえは動くなよ」
「……」
「返事しろ!」
威圧感がこめられた声に体が固まってしまっていると、いつもより低い声で春人が吐き捨てるように言った。
「…彼女を怒鳴らないでください。怯えるのは当然でしょう?」
こんな状況になっても、彼はまだ私のことを護ろうとしてくれている。
…雪乃は今、お店の奥の部屋に入っているので気づかないだろう。
護られてばかりじゃいられない。
どう思われるか怖いけど、それでも今動けるのは私しかいないんだ。
覚悟を決め、じっと男性を見つめる。
「おい、なんだよ」
「あなたが傷ついているのは分かりますが、ど、どうしてこのお店の人たちを傷つけてもいいって思ったんですか?」
「おまえに何が分かる!」
…やっぱりこの人には話が通じないようだ。
両手に巻かれた包帯をはずして目を閉じ、そのまま小さく告げた。
「──お願い、蕀さんたち」
「お、おはようございます」
「今日も少し外に出てみようか。…といっても、雪乃のところに行くだけだけど」
私が頷くと、小さな鞄にラビとチェリーを入れてくれる。
「この子たちも一緒なら安心できるでしょ?」
「…ありがとう、ございます」
1歩外に出ると、春人は必ず歩調をあわせてくれている。
あまり迷惑をかけないようにとは思うものの、怪我の状態が予想以上に深刻だったらしい。
「…いらっしゃい。ふたりとも、そっちに座ってて」
「ありがとうございます」
こうしてふたりで座っていると、もうこの光景が当たり前になりつつあることに喜びを感じずにはいられない。
「ふたりならこういうものを食べてくれそうだから…味見してみて」
「ありがとう、ございます」
「雪乃、例のものを持ってきました」
「…そう。今回は直るの早かったね」
「そこまで大破していませんでしたので」
春人と雪乃の会話についていくことはできないものの、一緒にいられればそれだけでよかった。
ただ、先程から何かの視線を感じるような気がする。
過敏になっているだけなのか、それとも…
「動くな!」
「…!」
次の瞬間には雪乃が男の人に捕まっていた。
「その方を離していただけませんか?」
「煩い!早く金を用意しろ!」
大声で叫ぶ人は苦手だ。
それに、怖くなってだんだん体が固まっていくのを感じる。
「おまえの店がここにできたせいで俺の店は潰れたんだ!」
「…あなたは、時計屋の店主でしょう?私の店では、時計は売ってない。
雑貨も置いてあるけど、時計だけは置かないようにしてる」
「嘘だ!」
怒っている人の耳にはきちんと相手の言葉が届いていない。
それは身を以て知っていた。
いくら謝っても許してもらえなくて、理不尽に怒鳴り散らす。
雪乃の言うとおり、このお店には商品として並べられているもののなかに時計はなかった。
そもそも、カフェや探偵業が主なのだから置いてあるはずがないのだ。
「…大丈夫、俺がなんとかするから」
春人は私にそう囁いて、ゆっくり椅子から立ちあがる。
「彼女しか従業員がいないので、僕が人質になります。…でないとお金が手に入りませんよ」
「…ちっ」
雪乃は突き飛ばされ、代わりに春人の首筋にナイフが押し当てられる。
「おまえは動くなよ」
「……」
「返事しろ!」
威圧感がこめられた声に体が固まってしまっていると、いつもより低い声で春人が吐き捨てるように言った。
「…彼女を怒鳴らないでください。怯えるのは当然でしょう?」
こんな状況になっても、彼はまだ私のことを護ろうとしてくれている。
…雪乃は今、お店の奥の部屋に入っているので気づかないだろう。
護られてばかりじゃいられない。
どう思われるか怖いけど、それでも今動けるのは私しかいないんだ。
覚悟を決め、じっと男性を見つめる。
「おい、なんだよ」
「あなたが傷ついているのは分かりますが、ど、どうしてこのお店の人たちを傷つけてもいいって思ったんですか?」
「おまえに何が分かる!」
…やっぱりこの人には話が通じないようだ。
両手に巻かれた包帯をはずして目を閉じ、そのまま小さく告げた。
「──お願い、蕀さんたち」
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