裏世界の蕀姫

黒蝶

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春人ルート

第16話

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「春人が、選んだ…?」
その言葉の意味が分からずに固まってしまう。
「夏彦、それは言わない約束だったはずですよ」
「だってハルがそんなこと頼んでくるなんて思ってなかったから、つい。
それに、説明もなしにいきなり連れてこられたら誰だって困惑するでしょ?」
【ハル】…その2文字が頭にずっしりと残る。
今まで夏彦さんがそんなふうに呼ぶのを見たことがなかった。
ふたりは友だち、なのだろうか。
「──夏彦」
「ごめんごめん、昔の癖でつい」
珍しく春人が拗ねたような表情をしている。
相手に心を許していないと、喜怒哀楽がころころ変わったりはしないだろう。
「他の人には絶対言わないでくださいね。…できれば忘れてほしいのですが、それはできそうにないので」
「は、はい…」
「女の子相手にそんな殺気立っちゃ駄目だって…俺は慣れてるけど」
有無を言わさぬ表情の春人と、にこにこ笑いながら止めている夏彦さん。
ふたりは一体、どんな関係なのだろうか。
…やっぱり私には、分からないことだらけだ。
「あの、えっと…汚すといけないので着替えてきます」
「ゆっくりでいいからね!」
小走りで奥の部屋に入り、手のひらを見つめる。
……やっぱり勘違いじゃなかった。
そこからは普通の人間ではあり得ない現象がおこっている。
感情的が大きく動くほど制御するのが難しいのに、蔦が止まらず更に焦ってしまう。
今ここを見られてしまっては終わりだ。
「…止まって、蕀さんたち」
深呼吸してそう呟くと、漸くおさまりはじめた。
ほっと息を吐いて着替えると、春人が救急箱を持って入ってくる。
「やっぱり血が出てる。…手、出して」
「ごめんなさ…ありがとう、ございます」
消毒液は滲みるけれど、それよりも春人の優しさが心に沁み渡る。
「…あの、さっきのことを少しだけ訊いてもいいですか?」
「あの呼ばれ方をすると昔のことを思い出すから、夏彦にもできるだけやめてほしいってお願いしてる。
あの人を…俺の恩人を思い出すから駄目なんだ」
これ以上訊かないでほしいという瞳で見つめられ、出そうとした言葉を濁す。
「そう、なんですね」
「…君はどうして、こんなに手に傷を負っているの?」
「握りしめるのが癖だから…?」
「どうして疑問形?」
ゆっくり話をした後部屋から出てみると、夏彦さんが色々なものを包んでくれていた。
「これ、よかったらどうぞ」
「えっと…」
「女の子なんだし、小物も洋服も色々あった方がいいと思ったんだ。また来てね!」
「あ、ありがとうございます」
一礼して出口へ向かう。
【ハル】という言葉には、一体どれほど大きな意味がこめられているのだろうか。
…春人の優しい雰囲気と関係があるのかもしれない。
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