裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第10話

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しばらく作業に没頭していると、いつの間にか夕陽が沈んでいることに気づいて手を止める。
どのくらいの時間作業していたのか、自分でも分からない。
「月見ちゃん、お疲れ様」
「お、お疲れ様、です…」
一応やってはみたものの、全く自信がない。
取り敢えず見てもらおうと恐る恐るコサージュを差し出すと、夏彦はただ呆然としていた。
やっぱり、売り物にできないほどの出来になっていたのだろうか。
「もうこんなに作ってくれたの!?」
「…?とにかく作ってみようと思ったので」
「それはずっと、飲まず食わずで?」
「そう、かもしれません。どのくらい時間が経ったのかもいまひとつ分かっていないので…」
顔をあげると、視界の隅に食べ物らしきものがぼんやりとうつる。
折角持ってきてくれていたのに、それに気づけなかったのが申し訳なかった。
「月見ちゃん、君はもう君の心に素直になっていいんだよ」
「私の心に、素直に…」
そんなことは考えたことがなかった。
この人たちのところから逃げられずに一生を終える、そう思っていたからだ。
今でも逃げ出せたことが信じられないくらい、私にとってあの場所は恐ろしい。
夏彦が腕を振り上げた瞬間、震えてしまいそうになる。
「ごめん、こうしたかっただけなんだ」
「え…?」
私が作ったコサージュのうち、1番出来映えがよかったものが可愛らしいヘアピンに変身していた。
「月見ちゃんが作ったものは本当にすごい。ただ、これだけすごいと他の人に見せたくないな…。
だから、1番月見ちゃんに合いそうなものにちょっとだけ手をくわえさせてもらったんだ」
「私が作ったもの、売り物にできるんですか?」
「うん!これなら充分だと思う」
何もない私がこれだけ褒められる日がくるなんて思ってもみなかった。
黄金色の髪をふわふわと揺らしながら、夏彦はまたいつものように笑いかけてくれる。
「ありがとう、ございます…」
「俺はただ思ったことを言っただけだよ」
「夏彦は、どんなものを作るんですか…?」
「オーダーされれば基本的に何でもやってるけど、細かいのを作るのが苦手で他の人にやってもらうことが多い、かな」
彼はまた笑っていたけれど、なんだか先程の笑顔よりぎこちない。
…というよりも、左側の口角があがっていないように見える。
疲れているからなのか、それとも本当のことを話していないときに出る癖のようなものなのか。
「月見ちゃん?」
「ごめんなさい、じっと見てしまって…」
「そんなに見つめられると照れちゃうな…。取り敢えずご飯作るから、一緒に帰ろう?」
「…うん」
一生できないと思っていた帰る場所。
その響きが新鮮で、ぎこちないものではなくて心からの笑顔が見たいと思うのは、やはり人とずれているからだろうか。
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