裏世界の蕀姫

黒蝶

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春人ルート

第7話

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「お、おはようございます」
「おはよう。今日も早いね」
この家に置いてもらって、こうしてお互いに挨拶できることがありふれた日常になっていた。
「今夜は遅くなりそうだから先に寝てて。…眠れなかったら好きに過ごしてくれていいから。
その子たちと待ってて」
春人はラビとチェリーを指さして優しく語りかけるように話す。
「あの…ラビ、とは、いつから一緒にいるんですか?」
「多分10年以上は一緒にいると思う。君はその子を大事にする俺を馬鹿にしなかった。
…だから、触っていいのかとか考えなくていい」
それだけ一緒にいるなら、とても大切なものになっているのも不思議じゃない。
触ってもいいと言ってもらえたことを嬉しく思っていると、こんこんと扉がたたかれる。
「…君はここにいて」
私が頷いたのを確認して、そのままゆっくり扉を開ける。
「春人、届け物」
「お疲れ様です」
扉の向こうにいるのは雪のような儚さを持つ女性で、ぎりぎり隠れる位置でただ見ていることしかできない。
向こうもこちらに気づいたのか、春人に質問しているようだ。
「いいにおいがすると思ったら…彼女はお仕事関係の人?それとも、恋人?」
……恋人?
その言葉に、何故か頬が熱くなっていくのを感じる。
「どちらでもありません。見つかってしまったのなら紹介しておきましょう。
…こちらへどうぞ」
「は、はじめまして。私は、」
「こちらから名乗るのが礼儀。私は雪乃。春人とはちょっとした知り合い。
ユキノなんてありふれた名前だから、好きに呼んでくれればいい」
「分かり、ました。…月見です。はじめまして」
どう挨拶していいのか分からず、結局また同じことを言ってしまった。
「雪乃さ、」
「雪乃でいい。その代わり、私も月見と呼んでもいい?」
「はい。…勿論です」
雪乃は何か固い紙のようなものを自然な仕草で渡してくれた。
「もし興味があれば遊びに来て。いつでも歓迎する。
直接会うのが難しければ、その番号に電話するか手紙を書いてくれればいいから。それじゃあ、私はこれで」
こつこつと遠ざかっていく靴の音を聞きながら、邪魔をしてしまったのではないかと不安になる。
「仕事に必要なものを届けてくれただけ。彼女は町外れでカフェをやりながら、占いや探偵業もおこなっているんだ」
「そう、なんですね」
「どうかした?」
「…いえ、なんでも、ありません」
渡されたメモには住所や電話番号、メールアドレス…ファックスの番号やお店の地図まで記されている。
春人のお仕事がどんなことなのか私はまだ知らない。
やはり自分より遠い人なのだと思うと、少し胸が痛んだ。
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