裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第1話

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「いいよ、俺のところおいで」
そう言って私の腕を掴んだのはナツヒコさんだった。
「俺、普段は洋服作ったりして売ってるんだ。人では常に足りないから、料理や裁縫ができる子なら大歓迎!」
「一応、できますけど…」
人とは違う環境で育った私には、それくらいしかできることがない。
こんな私でも置いてもらえるなら、できることをやってみよう。
「ナツヒコ、丁重に扱うように」
「ハルトには言われたくないな…。まあ、言われなくてもそうするつもりだよ。
それじゃあ行こうか、お姫様?」
差し出された手をゆっくり握ると、ナツヒコさんは明るい笑顔を向けてくれた。
少しほっとしたけれど、これから先のことを考えると不安になる。
ただ、それは決して表情に出さないようにした。
「うちの店にようこそ!あと、部屋はそっちを使ってもらおうかな」
可愛らしい内装に、きらきらした小物たち…。
少なくとも、今まで生きてきたなかで関わったことがないものばかりだった。
「あの、ナツヒコさん…」
「俺、堅苦しいのあんまり好きじゃないからため口でいいよ。それから、夏彦って呼んでほしいな。
…ごめん、今さらかもしれないけど君の名前教えて?」
「つ、月見です」
「これからよろしくね、月見ちゃん」
ふわふわな茶色の髪が揺れるのを見つめていると、へらっと笑って手を差し伸べてくれる。
…この人の側なら安心できるだろうか。
「よろしく…夏彦」
「月見ちゃん、やっぱり可愛いね」
「そう、ですか?」
「俺はそう思ってる。こっちは仕事場で、そっちが居住スペースね」
家の中もかなり広くて、少し後ずさってしまう。
「もっとこっちおいで。心配しなくても、月見ちゃんが嫌がることはしないから」
「あ、ありがとう…?」
「敬語になったりため口になったり…面白い子だね」
部屋に荷物を置いてくるように言われて扉を開けると、《夏彦へ》と書かれた手紙が机に置かれていた。
「あの、夏彦さ…夏彦」
「どうかした?」
「これ、机にあったので…」
「すっかり忘れてた!ありがとう」
ありがとうなんて言われたことは、片手で数えるくらいしかない。
その一言だけで胸が満たされる。
「あの…私にできること、ある?」
「それじゃあ料理は俺と交代制で…あとのことはまた別の日に考えよう。
今日は疲れてるでしょ?ちょっと汚れてる部屋だと思うけど、体をゆっくり休めて」
「ごめんなさい…」
「謝る必要なんかないよ。ゆっくり寝ててね」
部屋に戻って、恐る恐るベッドに横たわる。
あまりのふかふかさに思わず起きあがってもう1度寝直してしまった。
ここでの生活にも、いつかは慣れるだろうか。
ただのお荷物にならないようにしっかりできることをやろう、そう考えながら重い瞼をおろした。
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