1 / 10
プロローグ
しおりを挟む
母は心労がたたって病死した。
「おねえちゃん…?」
「穂乃、大丈夫だ」
まだ幼い妹は棺で眠る母親がどういう状態なのか分かっていないようだったが、黒いワンピースを着たところで理解したらしい。
葬儀が終わったところで、いつものごろつきがやってくる。
「おかあさん…」
ふたりきりになった家族で、私に今できることは何だろう。
眠る妹の頭を撫でていると、突然声をかけられる。
「神宮寺詩乃さんですね?」
「そうですけど…」
「お母さんの遺言をお伝えしに来ました」
あんなに弱っていたのに、そんなものを用意してくれていたなんて知らなかった。
【これを読まれているということは、長くなかった私の体が手術まで持たなかったということね。
娘の詩乃と穂乃からは沢山の幸せをもらいました。本当にありがとう。
まず、あの男とは離婚届を出しておきました。親権は私が持つことになったから、ふたりが折原姓を名乗れるように手続きをしてあります。
私が死んでしまったら弁護士さんにやってもらえるように頼んであります。遺産は全て詩乃が相続できるようにしてあるし、遺族年金もあるから、お金のことは心配しないで。
ふたりの成長を見られなかったのは残念だけど、どうか幸せになってね】
泣き疲れて眠る穂乃の隣でひっそり泣いた。
ネットで調べた情報を頼りに喪主をしたり、お母さんの部屋にあった葬儀屋に連絡したり…そんなことをしているうちに泣く余裕がなかったのかもしれない。
「大丈夫です。私がおふたりの後見人となり全力でお守りします」
名刺に書かれていた名前は神宮寺姓で、思わず警戒してしまう。
「なんであの男と同じ名字なんですか?」
「私はあの家とは縁を切っています。分籍も済ませてあるので事実上他人です。
君たちをあの男に渡すわけにはいかないからと、生前交流があったお母さんに頼まれたんだ。…信じてもらえないかな?」
今の私には信じる以外の選択肢がない。
神宮寺は父親もどきの姓で、不愉快ではあるが今はそれを名乗っている。
お母さんの名字を名乗れることが嬉しい。
その直後、インターホンが鳴り響いた。
「神宮寺さん、ちょっといいですか?」
除き穴から見たところ、明らかにチンピラのような格好の男が立っていた。
「どうも。お父さんいるかな?」
「私に父親はいません」
「借金して逃げられて困ってたんだよね…返してくれる?」
「…知らないのか?子どもに返済義務はないってこと」
「なっ…」
「今お母さんの葬儀を終えたばかりなんだ。帰ってくれ」
思いきりあげられた拳にわざと当たり、大袈裟に倒れこむ。
「へっ、偉そうにしてても所詮、」
「…あんまり餓鬼を舐めない方がいい」
毎日鍛錬を欠かさないのは、こういう奴等が来ることが分かっていたから。
思いきり足に拳を喰らわせると、相手は小さく悲鳴をあげてその場に倒れこんだ。
「もう1度だけ言う。…帰ってくれ」
相手は転げるようにしてその場を去った。
それと同時に弁護士の拍手が聞こえる。
「強いんだね」
「護りたいものがあるので。…護れなかったものもありますけど」
お母さんともっと一緒にいたかった。
そんな悲しみにつけこまれたのだろう。…奇しくも、この日が夜紅として覚醒する日になった。
「まずい」
「え、」
「伏せて」
弁護士に言われたとおりにすると、壁に大きな穴があいた。
…この人、いつも私が視ていた景色と同じものが視えるのか。
《美味ソウダナ…》
いつも会っていた人とは全く違う気配を感じる。
「神宮寺家は代々祓い屋の家系なんだ。けど、妖たちと仲良くする方法だってあるはず。…だから俺は家を出た」
持っている札から水が溢れ、その姿にただ驚くことしかできない。
植物の妖だったらしく、その攻撃は寧ろ相手の力になったようだ。
《キシシ!》
鉤爪のような攻撃をひたすら避け、弁護士が穂乃を抱えて走っている間に自分の部屋にある組み立て式の弓を用意する。
実はお母さんの部屋にある資料をこっそり読んで、勉強していたことがあった。
「頼む、上手くいってくれ…」
ポケットから取り出した紅をひき、血文字で術式を書いた札を矢にくくりつける。
《見つケた、美味ソウナ奴!》
「喰らえ」
矢を真っ直ぐ放ち、それが相手に命中すると燃えはじめた。
《ギャアアア!》
相手の体はたちまち炎に包まれていき、そのまま決着がついた。
「君も術者だったんだね」
「そういうわけではないです。初めて使ったし、独学なので」
正直に話すと、弁護士の表情がどんどん険しいものになっていく。
「君の才能を知れば、神宮寺本家が手を出してくるだろう。…できればこの家から離れた方がいい」
「どうしてですか?」
「さっきの妖ものをけしかけたのは、神宮寺本家だろうと仮定できるからだよ」
言っている意味がよく分からなかった。
だが、幼い頃から人と違ったものが視えていることは母親に言われていたのでよく知っている。
「心配しなくていい。というより、今は眠った方がいいよ。大切な人がいなくなって、平気でいられるはずないんだから」
その言葉には甘みがあって、だんだん瞼が重くなる。
ずっと気を張っていたせいか、そのまま疲れて眠ってしまった。
「おねえちゃん…?」
「穂乃、大丈夫だ」
まだ幼い妹は棺で眠る母親がどういう状態なのか分かっていないようだったが、黒いワンピースを着たところで理解したらしい。
葬儀が終わったところで、いつものごろつきがやってくる。
「おかあさん…」
ふたりきりになった家族で、私に今できることは何だろう。
眠る妹の頭を撫でていると、突然声をかけられる。
「神宮寺詩乃さんですね?」
「そうですけど…」
「お母さんの遺言をお伝えしに来ました」
あんなに弱っていたのに、そんなものを用意してくれていたなんて知らなかった。
【これを読まれているということは、長くなかった私の体が手術まで持たなかったということね。
娘の詩乃と穂乃からは沢山の幸せをもらいました。本当にありがとう。
まず、あの男とは離婚届を出しておきました。親権は私が持つことになったから、ふたりが折原姓を名乗れるように手続きをしてあります。
私が死んでしまったら弁護士さんにやってもらえるように頼んであります。遺産は全て詩乃が相続できるようにしてあるし、遺族年金もあるから、お金のことは心配しないで。
ふたりの成長を見られなかったのは残念だけど、どうか幸せになってね】
泣き疲れて眠る穂乃の隣でひっそり泣いた。
ネットで調べた情報を頼りに喪主をしたり、お母さんの部屋にあった葬儀屋に連絡したり…そんなことをしているうちに泣く余裕がなかったのかもしれない。
「大丈夫です。私がおふたりの後見人となり全力でお守りします」
名刺に書かれていた名前は神宮寺姓で、思わず警戒してしまう。
「なんであの男と同じ名字なんですか?」
「私はあの家とは縁を切っています。分籍も済ませてあるので事実上他人です。
君たちをあの男に渡すわけにはいかないからと、生前交流があったお母さんに頼まれたんだ。…信じてもらえないかな?」
今の私には信じる以外の選択肢がない。
神宮寺は父親もどきの姓で、不愉快ではあるが今はそれを名乗っている。
お母さんの名字を名乗れることが嬉しい。
その直後、インターホンが鳴り響いた。
「神宮寺さん、ちょっといいですか?」
除き穴から見たところ、明らかにチンピラのような格好の男が立っていた。
「どうも。お父さんいるかな?」
「私に父親はいません」
「借金して逃げられて困ってたんだよね…返してくれる?」
「…知らないのか?子どもに返済義務はないってこと」
「なっ…」
「今お母さんの葬儀を終えたばかりなんだ。帰ってくれ」
思いきりあげられた拳にわざと当たり、大袈裟に倒れこむ。
「へっ、偉そうにしてても所詮、」
「…あんまり餓鬼を舐めない方がいい」
毎日鍛錬を欠かさないのは、こういう奴等が来ることが分かっていたから。
思いきり足に拳を喰らわせると、相手は小さく悲鳴をあげてその場に倒れこんだ。
「もう1度だけ言う。…帰ってくれ」
相手は転げるようにしてその場を去った。
それと同時に弁護士の拍手が聞こえる。
「強いんだね」
「護りたいものがあるので。…護れなかったものもありますけど」
お母さんともっと一緒にいたかった。
そんな悲しみにつけこまれたのだろう。…奇しくも、この日が夜紅として覚醒する日になった。
「まずい」
「え、」
「伏せて」
弁護士に言われたとおりにすると、壁に大きな穴があいた。
…この人、いつも私が視ていた景色と同じものが視えるのか。
《美味ソウダナ…》
いつも会っていた人とは全く違う気配を感じる。
「神宮寺家は代々祓い屋の家系なんだ。けど、妖たちと仲良くする方法だってあるはず。…だから俺は家を出た」
持っている札から水が溢れ、その姿にただ驚くことしかできない。
植物の妖だったらしく、その攻撃は寧ろ相手の力になったようだ。
《キシシ!》
鉤爪のような攻撃をひたすら避け、弁護士が穂乃を抱えて走っている間に自分の部屋にある組み立て式の弓を用意する。
実はお母さんの部屋にある資料をこっそり読んで、勉強していたことがあった。
「頼む、上手くいってくれ…」
ポケットから取り出した紅をひき、血文字で術式を書いた札を矢にくくりつける。
《見つケた、美味ソウナ奴!》
「喰らえ」
矢を真っ直ぐ放ち、それが相手に命中すると燃えはじめた。
《ギャアアア!》
相手の体はたちまち炎に包まれていき、そのまま決着がついた。
「君も術者だったんだね」
「そういうわけではないです。初めて使ったし、独学なので」
正直に話すと、弁護士の表情がどんどん険しいものになっていく。
「君の才能を知れば、神宮寺本家が手を出してくるだろう。…できればこの家から離れた方がいい」
「どうしてですか?」
「さっきの妖ものをけしかけたのは、神宮寺本家だろうと仮定できるからだよ」
言っている意味がよく分からなかった。
だが、幼い頃から人と違ったものが視えていることは母親に言われていたのでよく知っている。
「心配しなくていい。というより、今は眠った方がいいよ。大切な人がいなくなって、平気でいられるはずないんだから」
その言葉には甘みがあって、だんだん瞼が重くなる。
ずっと気を張っていたせいか、そのまま疲れて眠ってしまった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
約束のスピカ
黒蝶
キャラ文芸
『約束のスピカ』
烏合学園中等部2年の特進クラス担任を任された教師・室星。
成績上位30名ほどが集められた教室にいたのは、昨年度中等部1年のクラス担任だった頃から気にかけていた生徒・流山瞬だった。
「ねえ、先生。神様って人間を幸せにしてくれるのかな?」
「それは分からないな…。だが、今夜も星と月が綺麗だってことは分かる」
部員がほとんどいない天文部で、ふたりだけの夜がひとつ、またひとつと過ぎていく。
これは、ある教師と生徒の後悔と未来に繋がる話。
『追憶のシグナル』
生まれつき特殊な力を持っていた木嶋 桜良。
近所に住んでいる岡副 陽向とふたり、夜の町を探索していた。
「大丈夫。俺はちゃんと桜良のところに帰るから」
「…約束破ったら許さないから」
迫りくる怪異にふたりで立ち向かう。
これは、家庭内に居場所がないふたりが居場所を見つけていく話。
※『夜紅の憲兵姫』に登場するキャラクターの過去篇のようなものです。
『夜紅の憲兵姫』を読んでいない方でも楽しめる内容になっています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
未熟な蕾ですが
黒蝶
キャラ文芸
持ち主から不要だと捨てられてしまった式神は、世界を呪うほどの憎悪を抱えていた。
そんなところに現れたのは、とてつもない霊力を持った少女。
これは、拾われた式神と潜在能力に気づいていない少女の話。
…そして、ふたりを取り巻く人々の話。
※この作品は『夜紅の憲兵姫』シリーズの一部になりますが、こちら単体でもお楽しみいただけると思います。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
虎の帝は華の妃を希う
響 蒼華
キャラ文芸
―その華は、虎の帝の為にこそ
かつて、力ある獣であった虎とそれに寄り添う天女が開いたとされる国・辿華。
当代の皇帝は、継母である皇太后に全てを任せて怠惰を貪る愚鈍な皇帝であると言われている。
その国にて暮らす華眞は、両親を亡くして以来、叔父達のもとで周囲が同情する程こき使われていた。
しかし、当人は全く堪えておらず、かつて生き別れとなった可愛い妹・小虎と再会する事だけを望み暮らしていた。
ある日、華眞に後宮へ妃嬪として入る話が持ち上がる。
何やら挙動不審な叔父達の様子が気になりながらも受け入れた華眞だったが、入宮から十日を経て皇帝と対面することになる。
見るものの魂を蕩かすと評判の美貌の皇帝は、何故か華眞を見て突如涙を零して……。
変り行くものと、不変のもの。
それでも守りたいという想いが咲かせる奇跡の華は、虎の帝の為に。
イラスト:佐藤 亘 様
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる