泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣かないver.

お留守番

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「...分かりました。俺でよければ行きます」
翌朝、大翔の表情は少し曇っていた。
「おはよう。どうかしたの?」
「悪いんだけど、ちょっとだけ留守番を頼まれてくれないか?バイト先で1人欠員が出たらしくて...」
優しい大翔なら絶対に断らない。
それを知っているから、私は曖昧に頷いた。
誰かの為に動けるのはすごいところだと思うけれど、やっぱり心配ではある。
「分かった、ちゃんと待ってるね」
「すぐ戻るから、好きに過ごしててくれ」
心配させたくなくて思いきり手をふる。 
大翔の姿が見えなくなるまでふり続けたけれど、心にはなんとも言えない寂しさが残った。
(...頑張らないと)
丁寧に用意された朝食をひとりで食べる。
大翔に暗い顔はさせられない...そう思うのに、私の気分はどんどん沈んでいく。
「...美味しい」
それはきっと、焼きサンドが美味しすぎるせいだ。
ゆっくりご飯を食べる余裕さえないのに、私の分までしっかり用意してくれた...その事が嬉しいのと同時に、哀しさがこみあげてくる。
「...ふたり一緒じゃないと、意味がないよ」
そんな言葉を小さく呟いて、ある程度片づけた後勉強をはじめる。
全然頭に入ってこなくて、大翔の存在を大きく感じたのだった。
「...っ、ごほごほ」
久しぶりに咳が止まらない。
熱があるような感じではないので、多分風邪のようないつもの症状だ。
(相変わらず体が弱いな...)
昔からよく熱を出して寝こんではいる。
実際、今の高校でも行けなかった日があるし...この先どうなるのか不安に思うことの方が多い。
「...できた」
いつもならここで、大翔が必ず何か一言くれる。
私も彼に言葉を返してそのまま続ける...はずなのに。
(ちょっとだけ息抜きしようかな)
取り出したのは、小説用ノート。
今回のテストはコンテストに応募する為のものとの平行作業になる。
厳しいこととは分かっていたけれど、どうしても応募してみたかったのだ。
(まだキャラクターにまとまりがないから...)
あれからどのくらい時間がたっただろう。
鉄の扉が開かれる音がして、丁度書きこみ終わったペンが止まる。
「悪い、遅くなっ...」
言い終わらないうちに、私は大翔を抱きしめた。
「おかえりなさい」
「寂しい思いをさせて悪かった」
子どもじゃないんだからと呆れられると思っていたのに、そんなことはなかったらしい。
強い力で抱きしめ返されてものすごく安心した。
「昼、いつもより賄いを多めにもらってきたから一緒に食べよう」
「もう大丈夫なの?」
「元々午前中だけ入る予定だったらしいからな...」
少しだけ体を離して口元を押さえて咳こむと、大翔の表情は一変した。
「具合悪いのか?」
「大丈夫、ちょっとだけだから...」
「熱はなさそうだけど、食べる準備ができたら起こしてやるからそれまで寝てた方がいい」
「ありがとう...」
ソファーに横たえられて、だんだん体が重くなってくる。
本当は困らせたくないのに、一緒にいられることがとても嬉しい。
目を閉じるとき聞こえてきたのは、ごめんという言葉だけだった。
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