泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
上 下
106 / 156
泣かないver.

お誘い

しおりを挟む
孤食の寂しさは俺にも理解できる。
久遠と俺では状況が違うわけだが、それでもやはり独りで食べるものというのは味気ないし...だんだんどうでもよくなってしまうものだ。
「ご飯、独りが多いのか?」
「お母さんがお仕事の日は朝御飯を一緒に食べられればいい方で、あとは独りで食べてるんだ。
夜も帰れない日...というより、帰らない日が多いから」
今のはどういう意味だろう。
誰かいい相手ができて、ということだろうか。
あの人に限って久遠を傷つけるようなことはしないはずだ。
...だが、言えないようなことをしているのかと少し疑ってしまう。
「真剣に考えてくれるのは嬉しいけど、今は楽しくご飯を食べたいな」
「悪い、そうだな」
当然納得したわけではないが、久遠が言うことも一理ある。
それに、今度は俺の話をする番だ。
「...久遠、明後日は何か予定あるか?」
「ううん、特に何もないけど...」
「それじゃあこれ、一緒に行かないか?」
チケットをひらひらさせると、久遠は不安そうな表情で箸を止める。
「私、人が沢山いる場所は...」
「兄貴が教えてくれたんだ。ここは穴場だから、人もそんなに来ないって。
本当は詩音さんと行きたかったんだろうけど、やっぱりなかなか難しいみたいでチケットをくれた」
「大翔は行きたい?」
「俺よりも久遠がどうしたいのか知りたい」
外に出るのは嫌いではないし、それが大切な恋人となら尚更だ。
だが、出掛けること自体に抵抗がある久遠は違う。
想像することしかできないが、人に対して敏感すぎるというのはとても苦労することだろうというのは理解できる。
何度も体調を崩すところも見てきているからこそ、無理強いはしたくない。
もし俺が行きたいと言えば、断れなくなってしまうだろう。
...だったら意見を尊重するべきだ。
「私は、出掛けると迷惑をかけてしまうかもしれない。
そう思うと、怖くて震えが止まらない...」
ただ黙って言葉を待つ。
久遠は覚悟を決めたように一息に告げた。
「でも、大翔となら行ってみたい。デートしたい」
「なら決まりだな。当日は迎えに行く」
「...ありがとう」
「礼を言われるようなことは何もしてない」
俺はただ久遠と過ごしたかった、とは恥ずかしくて言えなかった。
ただ、最近近場に出掛けることはあってもデートらしいデートができていなかったので楽しみで仕方ない。
「風呂、沸かしてあるからもう少ししたら先に入って」
「でも後片づけが、」
「これだけ美味いものを作ってもらったんだ、片づけは俺にやらせてくれ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて...」
ほっとした様子でソファーに座る久遠を見ていると微笑ましくなる。
何枚か洗い終わる頃、浴室に向かう彼女の後ろ姿は少しだけ楽しそうに見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

フツウな日々―ぼくとあいつの夏休み―

神光寺かをり
ライト文芸
【完結しました】 ごくフツウな小学生「龍」には親友がいる。 何でも知っている、ちょっと嫌なヤツだけど、先生に質問するよりずっと解りやすく答えてくれる。 だから「龍」はそいつに遭いに行く。 学校の外、曲がりくねった川の畔。雨が降った翌々日。石ころだらけの川原。 そいつに逢えるのはその日、その場所でだけ……のハズだった。 ある暑い日、そいつと学校で逢った。 会話するまもなく、そいつは救急車にさらわれた。 小学生「龍」と、学校の外だけで会える友人『トラ』の、何か起きそうで、何事もなさそうな、昭和の日常。

多重報復 -MULTIPLE RETALIATION-

桐生彩音
ライト文芸
 秋の涼しさが冬の寒々しさに変わろうとしている中、友達のいない私は一人、近所の公園に来ていた。学校からは歩いて通える距離なので、どこかのお店に寄り道するには遠回りしなければならない。でも、今日はすぐ家に帰りたい気分にはなれず、通り道に近いこの公園に寄った。そこしか、行く当てがなかったからだ。  でもそこで、中年と言うには若く、成人したてと言うには歳を取っている男性と知り合うことになった。  その男性は話を聞く限り、社会不適合者で指名手配された逃亡犯のはずなのに、何故か別居しているお父さんを思い起こしてしまう。そんな雰囲気を醸し出している人だった。  本当なら見知らぬ男性が女子高生に話しかけた時点で通報するべきなのに、私はこの犯罪者に色々と愚痴ってしまった。  そのことをきっかけに、私と彼の奇妙で珍しい関係が始まった。年齢や性別を超えた友情があるのかは分からない。恋愛感情があるかどうかすらも怪しい。  けど、言葉が通じて気が合っている以上、私は彼と一緒の時間を過ごすのだろう。  ……その出会いがまさか、隠された過去から今でも続いている報復行為に繋がるとは、夢にも思わなかったけれどね。

夜を狩るもの 終末のディストピア seven grimoires 

主道 学
ライト文芸
雪の街 ホワイト・シティのノブレス・オブリージュ美術館の一枚の絵画から一人の男が産まれた。 その男は昼間は大学生。夜は死神であった。何も知らない盲目的だった人生に、ある日。大切な恋人が現れた。そんな男に天使と名乗る男が現れ人類はもうすぐ滅びる運命にあると知る。 終末を阻止するためには、その日がくるまでに七つの大罪に関わるものを全て狩ること。 大切な恋人のため死神は罪人を狩る。 人類の終末を囁く街での物語。 注)グロ要素・ホラー要素が少しあります汗   産業革命後の空想世界での物語です。 表紙にはフリー素材をお借りしました。ありがとうございます。 主に かっこいいお兄さんメーカー様  街の女の子メーカー様  感謝感激ですm(__)m

恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう
ライト文芸
とある事情で、今までとは違うコンビニでバイトを始めることになった、あや。 そのお店があるのは、ちょっと変わった人達がいる場所でした。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中です※ ※第3回ほっこり・じんわり大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※ ※第6回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※

聖少女暴君

うお座の運命に忠実な男
ライト文芸
あたしの人生はあたしがルールだ!シナリオを描くのはあたし!みんな準備はいい?奇跡のジェットコースターだよ! 【週末金・土・日定期更新】 天文部を舞台にした女子高生×ガールズラブ=eスポーツ⁉ どうしてこうなった⁉ 舞台は都内の女子校、琴流(ことながれ)女学院の天文部。 主人公である鳴海千尋(なるみ ちひろ)が女子校に入学して、廃部寸前の天文部で出会った部員たちはみんな一癖あって? 部長であるロシア人クォーター姫川天音(ひめかわ あまね)は中学生時代『聖少女』といわれるほど容姿端麗、品行方正な美少女だった。しかし陰で生徒たちから『暴君』とも呼ばれていたらしい。姫川天音は天文部の部室で格闘ゲームをする問題人物だった。 姫川天音は聖少女なのか? 暴君なのか? 姫川天音は廃部寸前の天文部を隠れ蓑にeスポーツ部を立ちあげる野望を持っていて? 女子校を舞台にした女の子ゆるふわハチャメチャ青春ラブストーリー! ※この作品に実在のゲームは登場しませんが、一般に認知されている格ゲー用語『ハメ』『待ち』などの単語は登場します。この作品に登場する架空の格闘ゲームは作者の前作の世界観がモチーフですが、予備知識ゼロでも楽しめるよう工夫されています。 この作品は実在する人物・場所・事件とは関係がありません。ご了承ください。 この作品は小説家になろうサイト、カクヨムサイト、ノベマ!サイト、ネオページサイトにも投稿しています。また、ノベルアッププラスサイト、ハーメルンサイト、ツギクルサイトにも投稿を予定しております。 イラストレーターはXアカウント イナ葉(@inaba_0717)様です。イラストは無断転載禁止、AI学習禁止です。

狙撃銃は女神の懐

荒井文法
ライト文芸
「覚えといて。綺麗な人ほど、何かに汚れを押し付けてるかもしれない」 僕が知ってしまったものは、本当に汚いものだったの? 警察の不正を暴くために行動した月本が辿り着いた場所は、薄暗くて、光が届かない部屋だった。 月本の感情が壊れて、涙が落ちた。

処理中です...