泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
上 下
42 / 156
泣けないver.

想定外

しおりを挟む
荷物をまとめて足早に去ろうとすると、後ろから声をかけられる。
「小野、ちょっとだけ手伝ってもらえないか?」
「先生...」
講義終わり、資料の整理の手伝いを頼まれてしまう。
最近いつも断っていたこともあり、引き受けることにした。
それに、詩音の学校終わりの時間までまだまだある。
「悪いな、手伝ってもらって」
「いえ、大丈夫です」
時間潰しと余計なことを考えないという意味では丁度いい。
「終わりました」
「ありがとう。本当に助かったよ」
僕はサークル活動をしていない。
人と関わっている場合ではないからということと、人と関わっていくのが苦手だということ...。
それから、勉強に集中したかったからというのでどうしても入りたくなかった。
卒業の為に必要なものを仕上げていると、大翔から連絡が入る。
《兄貴、明後日家にいる?》
《特に予定もないからいるよ。何か用事?》
《数学で分からないところがあって...》
勉強をみる約束をしながらも、時間が気になって仕方がない。
つい急ぎがちに車をはしらせ、あっという間に学校近くに着いてしまう。
少し早かった...その程度の認識で会いたい気持ちを誤魔化すように珈琲を飲んだり読書をしたり、課題をすすめたりしてみる。
漸く周りが気にならなくなってきたのは、空の色が変わりはじめた頃だった。
「...よし、終わった」
あれからどのくらい時間が経っただろう。
空はとっくに茜色に染まっているのに、何故か詩音が現れない。
几帳面な彼女のことだから、もし歩いて下校しているなら連絡がくるはずだ。
「え...?」
そんな間抜けな声が漏れてしまうほど、目の前から足をひきずるようにしてやってきた詩音は酷い姿だった。
びしょ濡れの髪、傷だらけの足、ボロボロの鞄...何かを握りしめたままこちらへと歩いてくる。
「優翔、私、汚、」
「ごめん。タオルはこういうのしか持ってないけど、取り敢えず乗って」
何があったのか詳しく聞くのは今じゃなくてもいい。
とにかく早くしないと風邪をひいてしまうだろう。
「優翔、そっちじゃ、」
「僕の家の方が近いからそっちに行こう。大丈夫だよ、周りの人たちに見つからないようにする最適の方法があるから」
本当なら詩音が元気そうなときに教えたかった。
だが、今はそんなことを言っていられる状況ではない。
とにかく温まってゆっくり休んでほしい...そう思いながら鍵が壊れている裏口からふたりで入った。
「お風呂はすぐ沸かすから、ちょっとだけ待っててね」
詩音は小さく頷くだけで、それ以上言葉が返ってこない。
空はもう、何もかもを呑みこんでしまいそうなほどの闇一色に染まっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです

鏡野ゆう
ライト文芸
ここにいるおまわりさん達が乗るのは、パトカーでも白バイでもなくお馬さんです。 京都府警騎馬隊に配属になった新米警察官と新米お馬さんのお話。 ※このお話はフィクションです。実在の京都府警察騎馬隊とは何ら関係はございません※ ※カクヨム、小説家になろうでも公開中※

美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう
ファンタジー
いつもと変わらない日常が一変するのをただの会社員である芽依はその身をもって知った。 世界が違った、価値観が違った、常識が違った、何もかもが違った。 意味がわからなかったが悲観はしなかった。 花嫁だと言われ、その甘い香りが人外者を狂わすと言われても、芽依の周りは優しさに包まれている。 そばに居るのは巨大な蟻で、いつも優しく格好良く守ってくれる。 奴隷となった大好きな二人は本心から芽依を愛して側にいてくれる。 麗しい領主やその周りの人外者達も、話を聞いてくれる。 周りは酷く残酷な世界だけれども、芽依はたまにセクハラをして齧りつきながら穏やかに心を育み生きていく。 それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。 お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。 全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。

【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。
ライト文芸
2023/01/02 ランキング1位いただきました🙌 感謝!! 生まれたての命に恐怖する私は、人間失格ですか。 ーーー ある日。 悩める女性の元へ、不思議なメモを携えたベビーがやって来る。 【この子を預かってください。  三ヶ月後、あなたに審判が下されます】 このベビー、何者。 そして、お隣さんとの恋の行方は──。 アラサー女子と高飛車ベビーが織りなすドタバタ泣き笑いライフ!

言の葉縛り

紀乃鈴
ライト文芸
 言葉を失った「ぼく」と幼馴染の遥。 小学六年生の二人はいつも通り千代崎賢人――通称おじさんの家で遊んだ後、帰路に就く。 そこで二人は少女が誘拐される現場を目撃する。 報告するも大人たちの頼りにならない対応に、二人は自分たちでこの事件を追いかけようと決心する。

薄皮ヨモギの暗中模索

渋谷かな
ライト文芸
悩み事のない人間なんていない。特に思春期の若者であれば、答えも分からずに悩み続ける。自分の悩みは他人に言うこともできず、他人に理解してもらうこともできないと、小さな悩みも大きな悩みにしてしまう。悩み、悩み、悩み事に押しつぶされそうな青春を送る10代の悩みを、幼少期に物心ついた頃から悩み事と共に生きてきた悩み事の申し子、薄皮ヨモギが一緒に悩んでくれるというお話である。おまけに運が良いと悩み事を解決してもらえる・・・らしい。 カクヨム・なろう・アルファ転載 1話1200字前後 WIKI貼り付けなし。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

ひとくち物語たち

クレープ
ライト文芸
三題噺によって書かれた、ちょっとした短いお話。

いじめ?やり返すけど?

チョコキラー
恋愛
主人公の優希は転校先の金持ち校でいじめの標的にされてしまう…。が、どんなイジメをされようとも、案外平気じゃーん。と鋼のメンタル発揮!? 逆に笑顔でやり返しちゃう♡ いじめられっ子なのに…、女の子なのに…、イケメン!! そんな真っ直ぐな彼女に引かれ、いじめっ子達も少しずつ変わっていく……? 1人の少女のいじめと仕返しと恋の物語をご覧あれ!!

処理中です...