泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
上 下
86 / 156
泣かないver.

大翔の休憩時間

しおりを挟む
「大翔、あの、」
「...具合悪いのか?」
「違うよ。そうじゃなくて...」
なかなか上手く伝えられない。
ただ、何かを伝えたいことは察してくれているようだ。
「まだ休憩時間ははじまったばっかりだから、話せそうなタイミングで話してくれればいい」
「ありがとう...」
ほっとしたのも束の間、なんだか周りの視線を集めているような気がする。
よく見てみると、色んな場所から微笑ましいというそれが向けられていた。
「...ちょっとこっち来い」
「え、あ、」
まだ食べかけの料理のトレイを持ったまま、早足でその場を後にする。
どこに行くのかも分からないままついていくと、そこには小さな和室があった。
「ここ、勝手に使っていいの?」
「あんまり人に見られたくないお客用。まあ、最近では店員たちの内緒話の場にもなってるけどな」
大翔は賄いを机の上に置きながら、私の定食もそのまま広げてくれる。
「ここなら話しやすいだろ。それに、ご飯もゆっくり味わえる」
「確かに落ち着くけど、まさかこんなにも豪華な部屋があるなんて...」
秘密基地のようでわくわくしていると、大翔は笑って頭を撫でてくれた。
「久遠のペースでいいから、話したいときに話してほしい。
...小難しい顔をしながらメモを取ってるお客がいるって、おまえの接客をした店員が言ってたから」
「佐藤さん、だっけ」
「よくあんな細かいところまで見てたな」
人の物をよく見てしまうのは昔からの癖だ。
気味が悪いと言われてしまうこともあったけれど、こうして思わぬところで役に立つこともある。
「なんだか可愛い人だなって思って見てたんだ」
「...今のを御舟さんが聞いたらきっと妬くだろうな」
「恋人がいるんだね」
「そう。いい先輩なんだけど心配性なんだよな」
バイトについて嬉しそうに話すその姿は、なんだかいつもより可愛く見えた。
勿論本人に言ったら怒られるだろうから言わないけれど...そういう一途なところも好きだ。
「大翔の次のお休みを聞きたかったんだ。それによって進捗とか合わせられるようにしたいなって思ってたから...」
「一緒にいられるようにってこと?」
私が頷くと、大翔は項垂れるようにしてその場に倒れこんだ。
「え、大翔!?」
「なんでいつも不意をついてくるんだよ、可愛すぎだろ...」
はじめはただただ驚いていたけれど、理由を聞いて頬に熱が集まるのを感じる。
「大翔はいつだってかっこいいよ」
ついさっきまで座りこんでいたはずの大翔はもう立ちあがっていて、勢いよく抱きしめられる。
「...ここが職場じゃなかったらどうなってたか分からないな」
耳許でそう囁かれた瞬間、どこからか彼を呼ぶ声がした。
「悪い、もう行かないと」
「会って話せてよかった。またね」
「後で連絡する」
大翔は顔を赤くしたまま、ぱたぱたと階段をかけ降りる。
誰かの為に動く彼の後ろ姿は、なんだかいつもより頼もしく見えるような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

100000累計pt突破!アルファポリスの収益 確定スコア 見込みスコアについて

ちゃぼ茶
エッセイ・ノンフィクション
皆様が気になる(ちゃぼ茶も)収益や確定スコア、見込みスコアについてわかる範囲、推測や経験談も含めて記してみました。参考になれればと思います。

予後、夕焼け、スパゲティ

一初ゆずこ
ライト文芸
二十五歳の淳美は、小学校の図工の先生になって三年目。 初夏のある日、隣家に住む三つ年下の幼馴染・浩哉にスパゲティをご馳走した出来事がきっかけとなり、病で療養中の浩哉の祖父・菊次にも、毎週土曜日にスパゲティを振る舞うことになる。 淳美はさまざまなメニューに挑戦し、菊次を支える浩哉の母・佳奈子を交えて、露原家の人々と週末の昼限定で、疑似的な家族生活を送っていく。 そんな日々に慣れた頃、淳美は教え子の小学生・美里が同級生から疎まれている問題に直面する。さらに、菊次の病の後遺症が、露原家の平穏な空気を少しずつ変え始めて……。

【完結】離婚の危機!?ある日、妻が実家に帰ってしまった!!

つくも茄子
ライト文芸
イギリス人のロイドには国際結婚をした日本人の妻がいる。仕事の家庭生活も順調だった。なのに、妻が実家(日本)に戻ってしまい離婚の危機に陥ってしまう。美貌、頭脳明晰、家柄良しの完璧エリートのロイドは実は生活能力ゼロ男。友人のエリックから試作段階の家政婦ロボットを使わないかと提案され、頷いたのが運のツキ。ロイドと家政婦ロボットとの攻防戦が始まった。

会社をクビになった私。郷土料理屋に就職してみたら、イケメン店主とバイトすることになりました。しかもその彼はーー

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ライト文芸
主人公の佐田結衣は、おっちょこちょいな元OL。とある事情で就活をしていたが、大失敗。 どん底の気持ちで上野御徒町を歩いていたとき、なんとなく懐かしい雰囲気をした郷土料理屋を見つける。 もともと、飲食店で働く夢のあった結衣。 お店で起きたひょんな事件から、郷土料理でバイトをすることになってーー。 日本の郷土料理に特化したライトミステリー! イケメン、でもヘンテコな探偵とともに謎解きはいかが? 恋愛要素もたっぷりです。 10万字程度完結。すでに書き上げています。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

魔法屋オカマジョ

猫屋ちゃき
キャラ文芸
ワケあって高校を休学中の香月は、遠縁の親戚にあたるエンジュというオカマ(本名:遠藤寿)に預けられることになった。 その目的は、魔女修行。 山奥のロッジで「魔法屋オカマジョ」を営むエンジュのもとで手伝いをしながら、香月は人間の温かさや優しさに触れていく。 けれど、香月が欲する魔法は、そんな温かさや優しさからはかけ離れたものだった… オカマの魔女と、おバカヤンキーと、アライグマとナス牛の使い魔と、傷心女子高生の、心温まる小さな魔法の物語。

処理中です...