泣けない、泣かない。

黒蝶

文字の大きさ
上 下
20 / 156
泣けないver.

新しい1日 優翔side

しおりを挟む
朝玄関を開けると、そこには弟が立っていた。
「兄貴」
「大翔...この前はごめん」
「いいよ、気にするな。というか、相変わらず機械音痴なんだな」
テレビ電話をかけるだけで苦戦してしまったのを思い出して、ただ苦笑することしかできない。
「もう学校行くのか?...早いな」
「大翔だってこれからバイトでしょ?そっちこそ早いんじゃない?」
「...まあな」
大翔に待っているように言ってそのまま車を動かす。
「途中まで乗せていくよ。寒いでしょ?」
「それじゃあ、ありがたく。...なあ、兄貴」
その声は真剣で、何か話したいことがあることくらいは予測できた。
「どうしたの?」
「保証人になってくれない?...家の」
「え、もう予算貯まったの!?早いな...。いいよ、1人だけで借りられるいい場所を知ってるしそこにするなら」
「どこにあるんだ、それ」
然り気無く予算を聞き出しておいてから、僕は自信を持って勧めた。
「僕のマンションの向かいのアパート。...あそこと僕が住んでるマンションは管理会社が同じで、家賃を割り引いてくれるサービスがあるから」
「謎だな」
「僕もそう思った」
沢山話しているうちに、いつものカフェへと辿り着く。
「大翔、今度一緒に家具を見に行こう。僕のお古でよければ要らなくなったのはあげるから」
「ありがとう。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
大翔の後ろ姿を見送り、車を出来るだけ早く走らせる。
学校に到着してからすぐ詩音を探してみたものの、残念ながら姿がない。
もしかすると今日は休んでいるかもしれない...そう思いつつ、辺りを見回してみる。
すると、校門の前に人影があるのが目にはいった。
「おはよう」
「おはよう...ございます」
危ないという表情をしながら慌てて敬語を使う詩音が微笑ましい。
幸い他の生徒たちはまだ誰も来ていないような時間帯だったので、僕たちは隠れることもせず保健室へと足を運ぶ。
「先生、今日も会に出席するから午後はいないんだって。
...会が意外と多いんだなって実感した」
鍵を開けて入るとやはり誰もいなかった。
詩音に視線を向けると、なんだか不安げに瞳が揺れている。
「大丈夫だよ、あんな悲しいことが起こらないように僕も頑張るから」
「...ありがとう」
今はまだ完全に恋人モードで接しているが、詩音は気を抜くことが出来ないのか名前で呼ぼうとしない。
或いはノートの1件にそれだけ傷ついているのだろう。
それにしても、犯人はどうやって落書きをしたのだろうか。
いくら考えても答えは出ず、何も打開策を思いつかないまま今日を迎えてしまった。
「僕に出来ることは少ないけど、詩音の大切なものは今度こそちゃんと護る。
...勿論、恋人としてもね」
「人に聞かれたら恥ずかしいよ...。でも、ありがとう」
ようやく見られた笑顔は、心から安心したようなものだった。
やはり不安だったのだ。
あんなことがあっては、程度は違えどきっと誰でもそうなる。
「いつもどおり一緒に勉強しよう」
「うん」
ふと時計に目をやるともう職員会議が始まる時間帯だった。
「ごめん、ちょっと行ってくる。内鍵は閉めてていいからね」
「いってらっしゃい」
カーテンの側、ふたりで内緒のキスをする。
ふたりでならきっと大丈夫、そう思いながら職員室へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-
ライト文芸
世間一般的に、ブラック企業と呼ばれる会社で、1ヶ月以上も休み無く働かされていた鈴夏静華《りんかしずか》は、パソコンに届いた一通のメールにより、田舎にある実家へと戻る。 そこには、三歳の日向翔《ひなたかける》と、幼なじみである詩想奏多《しそうかなた》がおり、静華は二人によりお散歩へと繰り出される。 その先で出会ったのは、翔くらいの身長である銀髪の少年、弥狐《やこ》。 昔、人間では無いモノ──あやかしを見る方法の一つとして"狐の窓"という噂があった。 静華はその話を思い出し、異様な空気を纏っている弥狐を狐の窓から覗き見ると、そこにはただの少年ではなく、狐のあやかしが映り込む──…… 心疲れた人に送る、ほのぼのだけどちょっと不思議な物語。

とある日の絵里 〜カツ夫と海の仲間たち〜

マクスウェルの仔猫
ライト文芸
【完結できました!】 立ち寄ってくださったみなさま、そしてお気に入り登録、本当にありがとうございました! ヾ(≧▽≦)ノ←絶叫 ● とある日。 バイト先のオーナーから新メニューの宣伝を任された清川絵里は、良いアイデアが浮かばず図書館に向かった。 「うーん、何か『おりゃあああーー!』っていうキャッチコピーがほしいなあ……」 ノートPCに指を走らせては考えこみ、むむむぅ、と唸る絵里。 すると、そこに。 キッズスペースで遊んでいた男の子が絵里に話しかけてきて……。

推し様は二十二年前に捨てた継子(わがこ)

栄吉
ライト文芸
私(田中舘瑛美)は、定年退職して、毎日、暇な日々を送っていたが、声で繋がる配信アプリというものを見つけて、使ってみた。推しの配信者ができたのだが、その人は、私が、二十二年前に捨てた継子(わがこ)だった。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。 居酒屋とうてつの千堂嗣治が出会ったのは可愛い顔をしているくせに仕事中毒で女子力皆無の科捜研勤務の西脇桃香だった。 饕餮さんのところの【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』】に出てくる嗣治さんとのお話です。饕餮さんには許可を頂いています。 【本編完結】【番外小話】【小ネタ】 このお話は下記のお話とコラボさせていただいています(^^♪ ・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』 https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/582141697/878154104 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ※小説家になろうでも公開中※

透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ
青春
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する 空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。 家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。 そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」 苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。 ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。 二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。 誰かになりたくて、なれなかった。 透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。 表紙イラスト aki様

水祭り

西羽咲 花月
ライト文芸
水祭りがやってくる 大きなだんじりに鐘、太鼓。 キラキラ輝くチョウチンに露店。 今日は祭りじゃ。 早うお逃げ。 今日は祭りじゃ。 巻き込まれるな。

処理中です...