泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣かないver.

人への恐怖心 久遠side

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私は今、人混みの中で苦戦している。
少しでも気を抜くと大変なことになるからだ。
実は先日詩音がマスクをしていた理由も、何となくは理解できている。
人が多い場所では酔ってしまいそうになるのもよく分かるのだ。
もしかすると詩音も同じなのだろうか。
(あ、まずい)
そう思ったときには遅かった。
「ねえ、あれってさあ...」「この前、ヤザワさんのお宅が...」「パパ、こっちこっち!」
沢山の音が聴こえて気分が悪い。
私は俗にいうHSPというものだ。
病院からも診断のようなものはおりているけれど、病ではなく個性という扱いなので治療とかいう問題ではないらしい。
(もう逃げたい。お願い、誰か...)
その場で動けずに踞りかけていると、聞き慣れた声がした。
「久遠?」
「あ、大翔...?」
大翔はすぐに状況を察知したのか、私の体をそっと支えてくれる。
「大丈夫だ、俺がついてる。こっちに座れる場所があるから休もう」
「ごめん...」
「気にしなくていい。1人で座っていられそう?」
私は小さく首を横にふることしかできなかった。
本当は縦にふるべきだったのだろうけれど、どうしても今は1人にしないでほしいと思ってしまったのだ。
私は1人の時間が好きだけれど、今の状況ではそれで過ごせる自信がない。
「しばらく休んでいようか」
「それじゃあ、大翔の迷惑に...」
「俺はそんなこと思わない。困っている人がいたら手を差し伸べるのは当たり前だろ?」
目の前の笑顔から嘘は微塵も感じられない。
この温かい感触が私にとってはとても安心するものだ。
「今日は休みでぶらぶらしてただけだし、時間のことなんか気にしなくていい。
そんなに自分を責めなくていいんだよ」
「大翔...」
大翔にはHSPということを話したけれど、次に会うときにはもう沢山の情報を調べてくれていた。
こんなにもいい人を私は他に知らない。
私といて気疲れしないのかと訊いても、全然といつも即答してくれる。
そういう優しさを持っている人なんて、世界中を探してもそんなにはいないだろう。
「大翔」
「さっきより顔色よさそうだな。...これから家に来ない?」
「いいの?」
「今日も誰もいないはずだし、独りだとやることがないから。それに...食材を買いすぎたんだ」
私が気を遣わないように言ってくれていることはすぐに察したけれど、前者も嘘ではないことは分かっているつもりだ。
「それじゃあ、お邪魔してもいいかな?」
「勿論どうぞ」
「ありがとう」
「俺もふたりで過ごしたかったから」
自分の買い物ができる状況ではないので、そのまま手を繋いで外に出る。
その指先からもぬくもりが感じられた。
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