泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣かないver.

口直し

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そうだ、助けを求めている子を放置するなんて俺にはできない。
「...ちっ、すいやせんでした」
「もう1回言ってみろ。...誠心誠意をこめて彼女を傷つけたことを謝れ」
「す、すいませんでした!」
男は走り去っていく。
酒の臭いがかなりきつかったので、恐らく酔っているのだろう。
「1人にしてごめん」
「ううん、助けてくれてありがとう。でも...」
バラバラになったトーストたちを拾い集め、持っていたビニール袋に入れる。
「今から家来る?どうせ誰も帰ってないから、久遠が作ってくれたものと俺の料理でご飯食べよう」
「迷惑にならない?」
「全然。寧ろ独りって苦手だから来てくれるとすごく嬉しい」
震えている久遠を放っておくことなんてできない。
それに、誰もいないことは本当だ。
俺には親らしい親なんていないも同然なのだから。
「連絡しておいた方がいいかも」
「そうだね。お母さんにメールを送ってみる」
「ついでに泊まりに来ない?」
「いいの?」
「俺は構わないよ」
誰もいないのだから、自室以外を汚さなければ大丈夫だろう。
それから無事許可がとれ、1度久遠の家に寄ってから向かうことになった。
「歩けるか?」
「うん、大丈夫だよ」
「それじゃあ行こう」
繋いだ手はいつもより冷たくて、どれだけの恐怖を感じていたか理解できたような気がした。
「...ただいま」
「お邪魔します」
そこにはやはり誰もいなくて、内心ほっとした。
ほとんど顔を合わせない両親のことなどほとんど覚えていない。
両親の愛は常に兄貴に傾きっぱなしだからだ。
優秀ではない俺は、はじめからいないように振る舞われることも多かった。
だが兄貴だけは俺を人として扱ってくれる。
...精神が崩壊しなかったのはそのおかげだろう。
「取り敢えず温まった方がよさそうだな。俺の部屋の炬燵で待ってて」
「私にも何か手伝わせて」
「いいから休んでて。...お茶と紅茶、どっちがいい?」
「大翔と同じものがいいな」
「分かった、食事作ったらすぐ行く」
食費は基本的に自分のバイト代から出している。
もう少しお金が貯まったら、俺もここを出るつもりだ。
「久遠、おまたせ」
「パラパラ炒飯だ...!」
彼女が好きなものは把握している。
それに、今はとにかく安心してほしかった。
そわそわしている久遠に、少しでもリラックスしてほしかったのだ。
「久遠が作ってくれたスコーンはデザートにしよう。紅茶も淹れてきたけど、これにはお茶の方が合うだろ?」
「ありがとう」
ほっとした表情を見ると、なんだか俺までほっとする。
そうしてふたりきりの時間は過ぎていく。
然り気無く手を繋いでみると、彼女の指先は熱を取り戻していた。
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