約束のスピカ

黒蝶

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追憶のシグナル

第15項

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「こんばんは」
《今宵も懲りずに来たのか。もう関わらない方が…》
そこまで話した守り人は、私の隣で微笑む人物を見て言葉を止めた。
《やっぱりまだいたの》
《なんで…》
「最近よく見かけていたから連れてきたの。…ふたりできちんと話をした方がいい」
私にできるのはここまでだ。
一応近くに吊るされている人間たちをおろしながら、ふたりの会話に耳を傾ける。
《どうして…だってここに、》
《肉体を置いたまま魂だけ抜け出てしまったみたい。元気だった?》
《それは、まあ…》
ふたりはぎこちなく話しているようで、陽向がこそっと小さく呟いた。
「お互い気持ちをぶつけあえれば少しは違うのに」
「いきなりやるのは難しい。だからこうして近くで見ているわけだし」
思っていることを全てぶつけられたら楽だろう。
だが、それは決して簡単なことじゃない。
「…これでよし。あとは上の方に吊るされてる人たちを下ろしたら終わりだよ」
「そうね」
木を少し登ったところで、守り人が声を荒げた。
《君はもう俺に近づかない方がいい。俺ももうここには来ない》
《どうしてそんなことを…》
《俺は君を騙したんだぞ!?赦されるはずがない!》
頭を押さえてしゃがみこむ彼に、みこは自分の言葉をぶつけはじめた。
《たしかにあなたに見つかったから私はこの樹に捧げられた。体の自由もなくなり、ここから解放されることはない》
《だったら、》
《でも、名前がなかった私に名前をくれて、それから共に過ごした日々は嘘じゃない。
とても楽しかったの。…だから自分の運命が分かっていても逃げなかった》
自分が生贄として死ぬことを、彼女はいつから知っていたんだろう。
みこが生贄になってから、守り人はどれだけ孤独を過ごしてきたんだろうか。
《これからもあなたと共にいられるなら、私はそれでいいわ。またほとんど動けない生活になってしまうのでしょうけど…あなたがいてくれれば何もいらない。
こんなにも恋い焦がれてしまったのだから、責任はとってくれるんでしょう?》
みこの笑顔に嘘はない。
心から想いを伝えて、一緒にいてほしいと願っている。
守り人はどうするんだろうと思っていたら、涙ぐんで問いかけていた。
《……本当に、いいのか?》
《あなたがいたから独りではなかったの。寧ろ一緒にいてくれないと困るわ》
そう話すみこに守り人が手を伸ばした瞬間、突然守り人が苦しみはじめた。
《どうしたの?》
《う…に、逃ゲロ!》
伸ばされた手はみこをこちらに突き飛ばし、頭を抱えてその場に倒れこむ。
「やばい、こっちだ!」
陽向に手を掴まれて、みこも一緒に走る。
一旦離れた場所から様子を窺うと、噂に毒された守り人の姿が目にとまった。
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