約束のスピカ

黒蝶

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追憶のシグナル

第8項

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片づけてすぐ授業は再開されたものの、陽向は病院に行くのを拒否して戻ってきたみたいだった。
死ねないことがばれてしまうといけないから、行きたくても行けないのは分かる。
ただ、包帯が巻かれた痛々しい腕を見ると申し訳なさで押し潰されそうだ。
「そんなに気にしなくても大丈夫だよ」
「ごめんなさい」
「謝らないで」
1番すみっこの、先生からさえよく見えない位置。
私たちが授業を受けるのはそういう席だ。
ふたりで少し話しても気づかれない。
「どうせすぐ治るし、気にしなくて大丈夫だよ」
「でも、痛かったでしょ?」
「多少痛みはあるけど、いつもの傷より全然痛くない」
強がっているわけではなく、本当にそう思っているみたいだ。
陽向は毎回拳で戦っている。
本来であればもっと痛いはずなのに、そんな素振りひとつ見せない。
「…ふたりとも、大丈夫か?」
「はい。俺、怪我の治り早いんで」
「木嶋は保健室に来るように」
やっぱり先生には隠しきれていなかった。
驚いた顔をしている陽向の周りには人だかりができて、急いでその場を離れる。
パイプ椅子に腰掛けると、足を見せるように言われた。
「やっぱり切れてるな。というより、刺さったのか…」
「ごめんなさい」
「別に謝る必要はない。…悪いのは俺の方だ」
薬品が突然反応するなんて誰にも予想できない。
首を大きく横にふって、大人しく処置を施してもらう。
「できた。今日の体育は休め。その状態で走ったら傷口が開く」
「分かり、ました」
教室に帰る途中、陽向がクラスの人たちに囲まれているのが目に入る。
近くを通った瞬間、たまたま会話が耳に届いた。
「岡副君、なんであんな子の近くにいるの?」
「もしかして、あの子の呪いだったりして!」
「呪い?そんなもんあるのか?」
「あいつの声を聞いただけで体調を崩した奴とかいたらしいぞ」
「うわ、怖…」
知り合いがいない場所に来たつもりだった。
そのために試験勉強をしたし、居心地が悪い場所から離れられるようにしたのに…。
同じ小学校だった人が3人くらいいるのは知っている。
クラスが離れたから何もないと油断していた。
【おまえ歌うなよ!おまえのせいで具合悪くなったんだろ】
【うわ、また呪いだ!】
音楽の時間、ただ歌っただけで相手が倒れた。
うっとりした目でストーカーのように付きまとわれてしまったことも1度や2度ではない。
その場から逃げ出したくなっていると、陽向の低い声がこだました。
「…あの子の何が分かるの?」
「え、陽向?」
「ごめん。俺、陰口とか大嫌いなんだ。そういうこと言う奴って心荒んでると思うよ」
私が知らないところで、陽向はいつも頑張ってくれている。
それなら、私にできることはひとつだけだ。
「【呪いなんて忘れて、そのまま授業に行って。じゃないと遅刻するから】」
意識的に使うのは久しぶりだったからか、その場で咳きこんでしまう。
陽向に見つからないうちに小走りで反対方向へ足をすすめる。
喉が痛くて、胸が苦しい。
どうすればいいのか、自分でも分からなかった。
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