約束のスピカ

黒蝶

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追憶のシグナル

第1項

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「ば、化け物!」
私に向けて発せられたその言葉に、大きく息を吐く。
これが家族というものだというなら、私には必要ない。
「桜良、行こう」
「…うん」
手を差し伸べてくれたのは陽向だけだった。
だから私は、あの日中途半端に願ってしまったのかもしれない。
助けたかったのは本当だけど、それは私の生で縛るということではなかった。


「桜良?具合悪い?」
はっと顔をあげると、陽向が心配そうな顔でこちらを覗きこんでいる。
「なんでもない」
「そっか。ならよかった。この学校って変な噂が流れやすいよね」
「不思議なものも沢山いた」
中等部の入学式を終えて1ヶ月、この学園にはとにかく色々な噂が広がっていることを理解した。
一応試験で上位だった私たちは特進クラスにいるけれど、未だに独特な雰囲気に馴染めない。
陽向は上手く人と話せていて、本当にすごいと思う。
私にはそれができないし、人間とはある程度距離をとっておく必要がある。
「でさ、あいつが……」
「なんかうざいよね」
おさげ眼鏡の子の方を見ながらぺらぺら話す3人組にうんざりして、思わず声に出してしまう。
「…【人の悪口を言って何が楽しいの?もっと楽しい話をすればいいのに】」
小声で呟いた程度だったけれど、3人に変化がおとずれた。
口をぱくぱくさせながらその場にしゃがみこみ、ひとりが過呼吸のような状態になってしまう。
「おい、大丈夫か!?」
「誰か先生呼んで!」
……こんなつもりじゃなかったのに。
制御できなかった力の効果への恐怖でその場を後にする。
幸い、混乱している教室から抜け出したことはばれなかったみたいだ。
…ひとりを除いては。
「桜良」
「違う。私は…」
「大丈夫。分かってる」
相手を行った言葉通りにしてしまう、魅惑の声の力。
ローレライみたいに綺麗な声だと陽向は言ってくれたけれど、家の人間たちは私を化け物と呼んだ。
無意識のうちに勝手に使われていることが多く、相手を傷つけるつもりはなくても傷つけてしまう。
ただ呟いただけでこんなことになるとは思っていなかった。
「俺相手には話して大丈夫だよ。たとえ力が働いていたとしても、俺には効かないから」
何故か陽向相手には効果が発動しない。
家が近所なのもあって、ずっと一緒にいた。
いつの間にか両思いになっていて、今は恋人同士だ。
「今日はもう授業に行けない」
「分かってる。俺もサボろうかな」
新校舎に蔓延る噂を書いたメモを見ながら、まだ落ち着かない私の手を優しく握ってくれた。
「その噂、ちょっとした事件になってるらしいね。調べてみよっか」
「…うん」


──これは、私たちがふたりぼっちだった頃に解決した事件の噺。
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