約束のスピカ

黒蝶

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追憶のシグナル

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視えない人間に視える力を一時的に渡すことができる。
視せる方法はいくらでもあるけど、道具を持ってきている時間がもったいない。
「修二!」
《久しぶりだね、真澄》
谷津さんは嬉しそうに駆け寄ったものの、当然岩倉修二に触れることはできない。…そう、普通なら。
「幽霊なのに、触れる…?」
「今私たちがやっているのは、普通の人間にも少しだけ視えやすくするために必要なことだ。…1時間程度ならふたりきりにしてやれる」
流石に霊力の説明をするわけにはいかないので、それだけ話してその場を離れる。
「詩乃先輩、霊力を分ける方法知ってたんですね。結構珍しい方法なのに…」
「一応な。これだけ穏やかに終われそうな案件も珍しいし、ふたりで話がしたそうだったからどうにかしてやりたかった」
「先輩にも恋人いるんですか?」
詩乃先輩は驚いた表情をして固まってしまった。
踏みこみすぎただろうか。
ほとんど話したことがない相手にこんなことを訊くなんて、ものすごく失礼だったかもしれない。
「あの、」
「別に気を悪くしたわけじゃない。ただ、周りから見るとそう見えるのかと思っただけだ。
妹がひとりいるんだ。…けど、恋愛対象は一生現れない。恋愛感情がないんだ」
彼女の微笑みには寂しさなんて微塵もなく、妹さんのことを本当に大切に思っていることはすぐ分かった。
「いいですね、仲良し姉妹。羨ましいです」
「陽向はどうなんだ?」
「そうですね…家族……。あ、恋人はいますよ」
「訳ありか?」
詩乃先輩も直球だった。
なんとなく隠したくないと思い、正直に話す。
「俺、落ちこぼれなんです。家族って呼べるのは祖父くらいで…」
「そうか。私は親がいないけど、おまえみたいにすごい子を落ちこぼれなんて呼ぶような奴等が側にいない方がいいって思うよ」
親がいない?
どういうことなのか考えていると、そろそろ時間が迫っていることに気づく。
「行こう。続きはまた今度」
「はい」
元の場所に戻ると、別れを惜しむようにふたりが抱きあっていた。
《真澄、笑って。…幸せになって》
「修二…」
岩倉ははっとしたように顔をあげ、空に向かって手を伸ばす。
《なんだ、この道は…》
「多分それ、黄泉への道。未練がなくなった人にしか視えないやつ」
《そうなのか。…もう行かないと》
「修二!」
《生きてよ。先に向こうで待ってるから。…ふたりとも、協力してくれてありがとう》
そう話した笑顔は晴れ晴れしたもので、岩倉修二はそのまま消えていく。
谷津真澄はずっと空を見上げていた。
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