約束のスピカ

黒蝶

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追憶のシグナル

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「そっか。恋人のこと、本当に大事だったんだな」
《分かるのか?》
「分かるよ。俺にも恋人いるから。なんで噂が広がったかとか分かったりする?」
徐々に正気に近い状態に戻ってきていることを確認しながら、単刀直入に訊いてみる。
相手は首を傾げて困っていた。
《分からない。俺は別に、他の誰かになりたいわけじゃなくて…》
「恋人と話しをしたかっただけなんだろ?」
《すごいな。全部お見通しか》
もし俺が普通の人間だったら、絶対そうするからだ。
桜良をひとりにしたくない、笑った顔が見たい、ただ会いたい…説明するのは難しいけど、色々な欲望が溢れ出しそうになる。
《もう一度会えたら、花を渡したかったんだ。だから、誰かの体を借りられれば渡せるかなって…ちょっと考えたことはある。
けど、実行しようなんて思ってなかったし、こんな状況になるなんて思ってなかった。どうすればいいのか、自分でも分からないんだ》
「…相手は視えない人なのか?」
背後から声が飛んできてすぐ振り返ると、傷ひとつない詩乃先輩が立っていた。
《多分視えていない。…花束の受け取り期限、もう過ぎたかな…》
また邪気が少し濃くなった気がするけど、これ以上できることが思いつかない。
「…少し痛むと思うが耐えてくれ」
「先輩?」
投げられた札が邪気を燃やし、相手は苦悶の表情を浮かべる。
一瞬存在ごと消し飛ばしてしまうかもしれないと不安になったが、そういうわけではないらしい。
《さっきより息をするのがずっと楽だ。何をしたんだ?》
「単純に悪い気を飛ばしただけだよ。ただ、これはあくまで一時的なものにすぎない。
…成仏できなかったら、会いたい相手が死んでも会えなくなる。それは困るだろ?」
《…そうか。もう行くしかないのか》
「待って」
俺は思わず相手に声をかけた。
「もう少し持ちそうなら、引換券がどこにあるか教えてくれ。俺が渡すよ。多分ここからも出られるだろうから、彼女さんには俺が言葉を伝える」
《…いいのか?》
「うん。俺の隣にあなたが立ってるってこと、頑張って証明するから」
《花束を渡して、ただ笑ってほしい》
詩乃先輩に反対されると思ったけど、予想と違う反応がかえってきた。
「私もつきあうよ。ただ、噂が流れないうちとなるともう明日しか猶予はない」
「頑張って探します」
花屋の名前はもう分かっているし、1日だけ外に出す方法なら分かっている。
あとは相手さえ見つけられれば、この人の未練を断ち切れるだろう。
《お願いだ。彼女に…彼女に伝えてくれ》
「任せろ。なんとかする」
こうして、タイムリミット1日という過酷な作戦がはじまった。
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