約束のスピカ

黒蝶

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追憶のシグナル

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「やばいやばいやばい!」
思わずそんな声をあげずにはいられなかった。
高校棟を少し歩いた場所から現れたのは、無数の小さな人間のような形をした何か。
何かはどんどん迫ってくるが、細かすぎで全部に対処しきれていない。
所々体に傷ができていて少し焦る。
もしかすると、体が分離しているか本体まで辿り着かせないように足止めしているのかもしれない。
「桜良…」
このままだと確実に旧校舎まで攻めこまれてしまう。
だが、接近戦しかできない俺には不利な状況だった。
もう駄目かもしれない…そう思ったとき、背後から閃光のごとく何かが走り抜ける。
《ぎゃあ!》
「へ…?」
「…なんとかなったか」
その声には安堵の色が滲んでいて、恐る恐る振り返る。
肩よりかなり下まで伸びている髪をなびかせるその人は、制服のズボンの汚れを落としながらほっと息を吐く。
今の光を出したのがあの人なら、さっきの何かが視えていたことになるわけで…話しかけていいだろうか。
そんな呑気なことを考えていると、目の前から別の何かが飛んできて腹部に突き刺さる。
「おい、大丈夫か!?」
「見た目ほど深くないので…。すみません、ちょっと休みます」
「おまえにもあれが視えているんだろ?私のことは気にせず逃げろ。
心配しなくても、話を聞かずに祓ってしまえばいいとは思ってないから」
心を見透かされたような言葉と同時に、すれ違いざま持っていたものが印象に残った。
俺はそのまま旧校舎まで駆け出し、そこで勢いよくナイフを抜く。
猛毒だったのか、もうすでに腕に力が入らない。
「…ごめん、桜良」
今日も死なずに済ませることはできなかった。


──ああ、またこの夢だ。
【出来損ないと一緒にいたらうつりそうだから、そいつどっかやってよ】
【そうね、そうしましょう!優秀なお兄ちゃんたちの邪魔になるものは捨てないと】
あの家の人間は1位以外は認めない。
だから今家を出て暮らしているわけで…もう関わらないでくれればいいのに。
【何もできない役立たず】
【この場所で息を吸えるだけありがたいと思いなさい】
【なんなんだ、その反抗的な態度は!しつけ直してやる!】
泣きじゃくる小さな男の子を、どこか他人のような目で見てしまう。
…痛かったはずなのに思い出せないのは、きっと今の俺が崩壊してしまわないように護るためだ。


「……」
「あれ、桜良?ここ、放送室で…え!?」
たしか廊下で倒れたはずなのに、何故かベッドの上で寝ている。
頭が追いつかず飛び起きると、桜良が驚いたようにこちらを見た。
「…やっぱり、夢、見た?」
「まあ、昔のこと…。けど、桜良がいてくれるから、」
「死な、ないでって……言った、のに」
「ごめん。どうしても攻撃を避けられなかった」
目を潤ませている桜良を抱きしめ、今日も生きているんだと実感する。
いくら死なない体になったとはいえ、生き返るという減少にはやっぱり慣れない。
「学校、行かないと」
「そうだね。今から支度するからちょっと待ってて」
着替えに袖を通しながら、昨夜の女性のことを思い出す。
あの人は何者で、どうして俺を助けてくれたんだろう。
……次会ったら話しかけてみようかな。
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