約束のスピカ

黒蝶

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追憶のシグナル

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相手の間合いに入り、一発重めの拳を食らわせる。
《ギャア!》
「一応霊力こもってるから、ヘタに動いたらやばいかも。…それでもまだやる?」
近くに隠れている桜良に目をやると、不安げに瞳を揺らしていた。
そんな顔をさせたかったわけじゃないのにな…。
《お、おマエ…!》
「避けきったつもりだったのに、掠ったか」
折角洋服を着替えたのに台無しだ。
多分腕が折れてるけど、だいぶ痛みには慣れた。
もう一度拳をふりあげると、がらがら声が耳に届く。
「【お願い、やめて】」
「もうそれ以上は、」
「…【やめて】」
目の前の人間ではない何かの体は崩れ去り、ふたりだけの世界が広がる。
桜良には、小さい頃からローレライのような力があった。
喉に大きな負担がかかるらしく、意図的に力を使った後は必ず声が出なくなる。
無理して声を出すと、血反吐を吐いて倒れてしまうのだ。
……今目の前でおこったみたいに。
「もうちょいで着くから」
折れた腕だけを治すことはできないから、もう一度死ぬまでそのままだ。
色々なことを呑気に考えながら、なんとかマンションまで辿り着いた。
病院に行くわけにもいかないし、ベッドに寝かせて料理をする。
そのときたまたま目に入ったのが、夜中なのに何故か放送されていたドラマだ。
「…普通の中学生ってこうしてるのか」
俺は家族に愛されなかった。優秀じゃないから、いつだってのけものだったんだ。
そんななか差し込んだ光が桜良の存在だった。
【私は大丈夫だから…】
【大丈夫じゃないでしょ?いいからこっち来て】
桜良もまた、家族から敬遠されていた。
……というより、怯えられていたの方が正確かもしれない。
「ん…桜良?」
「……!」
「おはよう。起きたんだね」
桜良はメモを取り出し、筆談をはじめた。
「【学校はどうするの?】」
「行きたくないな…。というか行けない。それとも、ホームルームだけ粘ってさぼる?」
俺たちは決して真面目な生徒ではない。
授業なんて適当に出席する程度で、ほとんど旧校舎や中学棟の屋上で休んでいる。
腕が折れた状態で授業は受けられないし、教師たちに何を言われるか分からない。
治りが早すぎればばれてしまうから、朝のホームルームだけはなんとか隠し通した。
「岡副、ちょっといいか?」
「え、あ、はい!」
近くの席の桜良には先に旧校舎にいるよう伝えて、それから担任の室星先生の後をついていく。
痛む腕をさすりながら、できるだけ不自然に見えないように振る舞った。
「監査部案件の話がある。今やっても大丈夫か?」
「はい。授業さぼる気だったんで」
「…程々には出席しろよ」
「先生、いつものことながら怒らないんですね」
「無理矢理嫌な思いをしてまで行って追い詰められたら意味ないからな」
先生にも理由があるんだろうけど、深入りするつもりはない。
ただ、理不尽なことを言わない大人といるのは心地よかった。
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