約束のスピカ

黒蝶

文字の大きさ
上 下
31 / 71
約束のスピカ

証明

しおりを挟む
「おかげさんはこの場所を護ってきたんだね。ずっとひとりで…」
どれだけ寂しかっただろう。
どれだけ苦しかっただろう。
悪用されないために誰かが見ている必要があるとしても、ずっと独りきりなんて心がすり減ってしまう。
「…寂しい気持ちが分かるから、僕のことを助けてくれたの?」
《それもあるかも。だけど、1番は俺に似てたからかな。…自分でもよく分からないや。
もしかすると、顔と一緒に焼けちゃったのかも》
おかげさんは自嘲気味に笑っていたけど、その声には悲しみが滲んでいる気がした。
「…おかげさんは、戻りたい過去とかあるの?」
《あるにはあるけど、いつからかもういいやってなっちゃった。
君は諦めないでね。…叶えたい約束があったんでしょ?》
「あるにはあるけど、相手がいないと叶わないんだ」
先生にはきっと僕が視えない。
それなら、一緒にスピカを探すこともプレアデス星団を見つけることもできないだろう。
僕は夜に紛れて消える星屑だ。輝くこともできない、ただ生きているだけの存在。
これから孤独な時間が続いていくんだと思うと、また少し苦しくなる。
《力の制御には気をつけて。君は感情的になると多分爆発する。
そうなったら、傷つけたくない人まで傷つける可能性が高いから》
「分かった。感情を抑えるのは結構得意だから頑張るよ」
誰も傷つけたくない。
だけど、人間を襲う何かを倒せるくらいの力はつけておきたいと思う。
誰にも知られなくていい。僕みたいに絶望する人が少しでも減ってくれればそれがここにいる意味になる。
《俺はしばらくここから出られない。多分、直接会える機会もほとんどなくなると思う》
「…寂しいな」
《俺はここ数ヶ月、君が会いに来てくれて楽しかったよ。
だけど、暴走して君を壊したり無関係の人間たちを苦しめるわけにはいかないからね》
おかげさんは持っていた大きな手帳をかざして、小さく何か呟く。
《もし俺が間違った方向に進んだら、そのときは殺して》
「待って、それってどういう──」
強い光を前に目を閉じると、いつの間にか自分の部屋の前に立っていた。
おかげさんのさっきの言葉の意味をよく理解してないまま、誰とも会わずに鍛錬や読書、勉強をする日々が続いていく。
いつかおかげさんが会いに来てくれると信じて。





──そんなことは知らず、話をする影がふたつ。
《…ねえ。これからもお供え物を運び続ければいいの?》
「ああ。俺は墓前に立つ資格もないからな」
《そう。…じゃあ、今回もお代をもらうから》
その場を離れる白衣の男の手には、いつも食べているキャラメルの箱が握られている。
全身影で覆いつくされたもうひとりの人物はフードの下で微笑んだ。
《教師が人間じゃないことを知らない生徒と、死者になった生徒がこの場所に残っていることを知らない教師か。
…お供えじゃなくて本人に渡してるって教えてあげた方がよかったのかもしれないけど、いつかふたりは自力で再会を果たすんだろうな》
一筋流れた星に向かって手を伸ばし、暗い声で呟く。
《羨ましいな。俺はもう叶えられる願いを持ってないから。…俺だって会いたかったよ》
大量の扉の中心に立ったその人物が吐露した思いは誰にも届かない。
しおりを挟む

処理中です...