約束のスピカ

黒蝶

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約束のスピカ

問4

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できるだけ夜出歩かないように言われていたけど、やっぱり星が見たくて屋上へ行った。
階段をのぼるのがいつもより楽で、自分が浮いてることに気づく。
「…生きているときとは体が重かったのに」
死んだら体が透けて何もできなくなる思ってたのに、ドアノブをひねることができた。
「綺麗…」
星を眺めていて思い出した。
そういえば、先生と流星群を見ようって約束したんだったな…もう手遅れだけど、ちょっと寂しい。
先生は僕の家にも行ったのかな。
だから沢山調べて、学園の偉い人たちを黙らせようとしてる…色々考えてみたけど、やっぱり分からない。
…どのくらい時間が経ったんだろう。
そろそろ戻ろうと階段を降りていたら、女の子が泣いている声が聞こえた。
顔を伏せたまま泣いていて、表情は確認できない。
「あの…どうしたの?」
今の僕は地縛霊なんだから答えなんて返ってこない…そう思っていたのに、ぐっと腕を掴まれる。
「そんなに強く握られたら痛いよ」
包帯やガーゼを強く握られるとまだ痛いみたいだ。
いつかは治るんだろうけど、それより目の前の女の子をどうにかしないといけない。
《キキ、キ…》
「え?」
《美味シソウ!》
腕に向かって開けられた口はすごく大きくて、そこで人間じゃなかったことに気づく。
あげられた顔はぐちゃぐちゃになっていて、キキキと頭に響く声で笑いながら体ごと食べられそうになる。
怖くなって目を閉じると、聞き慣れた声がして体から力が抜けた。
《…何してるの?》
「おかげさん…」
目の前にいたはずの人間じゃない何かは地面に真っ黒な水たまりだけ残して消えていた。
「おかげさんが消したの?」
《そんなところかな。本当は成仏させてあげたかったけど、ちょっと手遅れだった》
「どういうこと?」
《成仏は次があるけど、消滅したら存在そのものが消えるんだ。
生まれ変われないし、そもそも姿形を保っていられない》
なんとなく理解はしたけど、おかげさんはさっきの一瞬で何をしたんだろう。
《俺がやったのはただの攻撃だよ。今やったのは、相手を手品みたいに消すやつ》
「そんなことができるの?」
《君にもできるよ。勿論、特訓すればの話だけどね》
おかげさんは僕の手を握って、無邪気な声ではっきり言った。
《俺でよければ相手になるよ。包丁の代わりにこれで練習してみよう。護身術程度にはなるはずだから》
渡されたのはただの木の棒で、それをおかげさんに言われたとおりふってみる。
おかげさんはうんうん頷くばかりで、これでいいのか分からない。
《お疲れ様。明日以降も夜遅くまではできるだけ出歩かないようにね》
「ごめん。…また助けてくれてありがとう」
顔をあげるともうおかげさんはいなくなってて、代わりに丸太を小さく切ったものが沢山置かれていた。
【包丁で練習するときはこれを的にしてみてね】という紙を元に、持って帰って早速やってみる。
上手くできたら、困っている人を助けられるかもしれない。
……もう誰にも僕みたいな寂しい思いをしてほしくなかった。
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