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約束のスピカ
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放課後の教室、ぼんやりと空を見上げる男子生徒は怪我だらけだった。
「流山、ちょっと待ってろ」
「……なに?」
「いいからそこに座ってなさい」
流山瞬は渋々といった様子で椅子に腰掛ける。
救急箱を持ってきたのを見るなり、体が強張っていた。
「痛くしないからそのまま腕を出せ」
「嫌だ」
「いいから」
強く引っ張ると怖がるのは知っている。
差し出された腕は切り傷や打撲まみれで、酷い目に遭っているのはたしかだ。
「誰にやられた?」
「…さあ?」
「言えないような相手なのか?」
「そうかもね」
1年前から似たようなやりとりをしている気がするが、未だにどう接すればいいのか分からない。
担任兼養護教諭として接する機会は多いものの、怪我が減ることはなかった。
「ほら、終わった」
「…ありがとう」
「天文部の活動、今夜と明日の夜どっちがいい?」
「毎日」
「即答か。分かった、用意しておく」
流山は星が本当に好きらしく、図鑑の中身をほとんど暗記している。
『室星先生、まだ学校の方におられましたら職員室まで来てください』
「…悪い。今夜は部活できそうにない」
「分かった。…先生さようなら」
「気をつけて帰れよ」
荷物をまとめて教室を出ていく背中は妙に寂しそうで、つい引き止めてしまいそうになる。
だが、それによって流山が誰かに何か言われるのは避けたい。
教室の片づけを済ませて職員室に行くと、副校長が申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。
「すみません、室星先生。実は今日宿直予定だった先生のお子さんが体調を崩したらしく、代わりに当番を引き受けていただける先生を探しているんです。
本来であれば私がやれればよかったのですが、今夜は通信制教諭の集会に出席しなければならず…お願いできませんでしょうか?」
この人が俺に頼んでくるときは、誰も引き受けてくれる人がいないときだけだ。
本当に引き受けられない事情がある人間もいれば、そういうわけではない奴もいるだろう。
それでも強く言えないから大変だ。
「分かりました。俺でよければ引き受けます」
「本当に申し訳ありません」
「俺は家庭があるわけでもないので対応できるときは対応します」
飲み会に行ったり読書をしたり、誰だって羽を伸ばしたいだろう。
この人みたいに夜遅くまで会議が入っていたら宿直なんてできない。
居場所が外にある人間たちにとってはそれが普通だろう。
「…望遠鏡、組み立てておくか」
学園内に棲んでいて特に親しい教員がいるわけでもない俺は、いつものように展望室へ向かう。
途中、肩に黒猫が飛び乗ってきた。
「重いんだが」
《またあの子の為?》
「家庭訪問したけど誰も出なかった。…だったらあいつに向き合うしかない」
《人間に思い入れすぎたら辛くなるわよ》
「そのときはそのときだ」
《そういえば、またおかしな噂が流れているみたいよ》
「困ったものだな」
《まあ、私たちからすればありがたいところもあるけどね》
「……そうだな」
この町で広がる噂は広がりが早く、圧倒的強く根づく。
そのおかげで、俺や黒猫のような人間でない者も生きやすいのだ。
「流山、ちょっと待ってろ」
「……なに?」
「いいからそこに座ってなさい」
流山瞬は渋々といった様子で椅子に腰掛ける。
救急箱を持ってきたのを見るなり、体が強張っていた。
「痛くしないからそのまま腕を出せ」
「嫌だ」
「いいから」
強く引っ張ると怖がるのは知っている。
差し出された腕は切り傷や打撲まみれで、酷い目に遭っているのはたしかだ。
「誰にやられた?」
「…さあ?」
「言えないような相手なのか?」
「そうかもね」
1年前から似たようなやりとりをしている気がするが、未だにどう接すればいいのか分からない。
担任兼養護教諭として接する機会は多いものの、怪我が減ることはなかった。
「ほら、終わった」
「…ありがとう」
「天文部の活動、今夜と明日の夜どっちがいい?」
「毎日」
「即答か。分かった、用意しておく」
流山は星が本当に好きらしく、図鑑の中身をほとんど暗記している。
『室星先生、まだ学校の方におられましたら職員室まで来てください』
「…悪い。今夜は部活できそうにない」
「分かった。…先生さようなら」
「気をつけて帰れよ」
荷物をまとめて教室を出ていく背中は妙に寂しそうで、つい引き止めてしまいそうになる。
だが、それによって流山が誰かに何か言われるのは避けたい。
教室の片づけを済ませて職員室に行くと、副校長が申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。
「すみません、室星先生。実は今日宿直予定だった先生のお子さんが体調を崩したらしく、代わりに当番を引き受けていただける先生を探しているんです。
本来であれば私がやれればよかったのですが、今夜は通信制教諭の集会に出席しなければならず…お願いできませんでしょうか?」
この人が俺に頼んでくるときは、誰も引き受けてくれる人がいないときだけだ。
本当に引き受けられない事情がある人間もいれば、そういうわけではない奴もいるだろう。
それでも強く言えないから大変だ。
「分かりました。俺でよければ引き受けます」
「本当に申し訳ありません」
「俺は家庭があるわけでもないので対応できるときは対応します」
飲み会に行ったり読書をしたり、誰だって羽を伸ばしたいだろう。
この人みたいに夜遅くまで会議が入っていたら宿直なんてできない。
居場所が外にある人間たちにとってはそれが普通だろう。
「…望遠鏡、組み立てておくか」
学園内に棲んでいて特に親しい教員がいるわけでもない俺は、いつものように展望室へ向かう。
途中、肩に黒猫が飛び乗ってきた。
「重いんだが」
《またあの子の為?》
「家庭訪問したけど誰も出なかった。…だったらあいつに向き合うしかない」
《人間に思い入れすぎたら辛くなるわよ》
「そのときはそのときだ」
《そういえば、またおかしな噂が流れているみたいよ》
「困ったものだな」
《まあ、私たちからすればありがたいところもあるけどね》
「……そうだな」
この町で広がる噂は広がりが早く、圧倒的強く根づく。
そのおかげで、俺や黒猫のような人間でない者も生きやすいのだ。
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