路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

文字の大きさ
上 下
204 / 220
Until the day when I get married.-Light of a new request-

第157話

しおりを挟む
ー*ー
カムイの怪我は少しずつよくなっている。
「もう歩いて大丈夫なんですか...?」
「うん、もう平気だよ。...それで、メルにお願いがあるんだ」
「はい、なんでしょう?」
カムイの緊張した様子に、私もぴたりと体が止まる。
「アイリスのお祝い、まだでしょ?」
「はい」
「それに、ナタリーたちは会ったことがない」
「たしかに、そうですね...」
「だから、お祝いしたいんだ。料理を作りたいから、手伝ってくれる?」
「はい!」
最近、買い物はいつもエリックさんとアイリスさんがしてきてくれたり、ベンさんとナタリーさんが食材を分けてくれたりしている。
「この材料で、何を作るんですか...?」
「それは、メルとの思い出のあるものだよ」
(思い出があるもの...)
私の頭には沢山のものが思い浮かぶ。
どの料理のことを言っているのだろうかと考えていると、隣からくすっと笑う声が聞こえてきた。
「材料を見ればすぐに分かると思うよ」
(一体何を作るんでしょうか?それより、カムイが無茶をしなければいいのですが...)
ー**ー
メルはきょとんとしている。
俺は伝えるのが下手だから、やはり混乱させてしまったのだろうか。
「まずは挽き肉を、」
「分かりました!」
メルは納得したように俺と一緒に準備をはじめた。
「...っ」
「カムイ?」
「なんでもないよ」
こんな時に体調を崩している場合じゃない。
俺はせいいっぱいの笑顔を見せた。
「...座って作業しましょう」
「でも、」
「焼くところまでは座ってできますから...!」
やはり俺のポーカーフェイスも、メルには通用しないようだ。
(上手く笑えてなかったのかな...?)
そっと腹部に手を当てる。
...やはり傷が疼いているようだ。
「ごめ、」
「言ったでしょ、『ごめんなさい』はほしくないって。それに...俺がやりたいようにやった結果だから」
俺は犯人がどうするか、甘く見積もっていたのだ。
読みが甘かった、とも言えるだろう。
(本当はメルにも元気になってほしいんだけど...)
「メル、これが終わったら...」
ーードカン!
「...さがって」
俺はメルを庇うように、音がした方を見た。
そこには、見覚えのあるシルエットが二つ。
「...今回はまた派手に壊してくれたね、ナタリー」
ー*ー
玄関の方から爆発したような音がして、私はカムイの後ろに隠れるような体勢になっていた。
(もしかして、また命を狙う誰かが...)
「ごめん!」
その声は、聞き覚えがあるものだった。
「ナタリーさん...!」
「あたし、やっぱり力加減が上手くいかないのよね」
「ナタリー、そんなことではお嬢さんや今日初めて会うお嬢さんを驚かせてしまうだよ」
「あたし、なんでこうなのかしら...」
二人はそう言いながら、扉を修理しはじめた。
私たちは料理に集中することにした。
(これであとは、お二人がくるのを待つだけです)
私が料理を完成させると、ナタリーさんがずいっとやってきた。
「美味しそうね!メルが作ったの?」
「は、はい。...お口に合うといいのですが」
「ナタリー、もう少し我慢してね」
カムイが苦笑しながらナタリーさんの料理へ伸びていた手を制した。
ベンさんも喜んでくれているように見える。
(一生懸命作ってよかったです)
「メル、結局ほとんど全部やってもらって...ごめん」
「いいんです。これは私がやりたかったことですから!」
「...本当に敵わないな」
そういえば、と何かカムイが言いかけていたのを思い出す。
「カムイ、」
そのとき、玄関をノックする音がする。
その音は決まった回数で止まって...
「エリックさん、アイリスさん!」
ー**ー
メルが何かを言いかけていたような気がするが、気のせいだろうか。
「こんばんは!」
「...誰?」
「あたしはナタリー。こっちは夫のベンよ」
「こんばんは」
アイリスは緊張した表情だったが、テーブルの上の料理を見た途端笑顔になった。
「すごい...」
それは、二人で作った思い出のグラタン。
それに、メルが好きなハンバーグ。
「早く食べましょう!お外、寒かったですよね...」
「ここが、ぽかぽかしてるから」
アイリスが胸のあたりをきゅっと掴んで、本当に嬉しそうに言う。
「喜んでもらえてよかったです!」
メルも嬉しそうだ。
(このみんなの笑顔が揃う場所を、これからも俺の力で守っていきたい)
そんなことを思いながら、俺も席についたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕食後。
片づけを終え、みんなを送り出し...俺は診察室のベッドに横になる。
...いつも、メルの隣に。
そんなことを考えながら、ベッドの近くにあったものを開いてみる。
【カムイ、一人で頑張るのはやめてください。
私も一緒にやりますから】
その日久しぶりに開いたノートには、メルらしい文字でこう書かれていた。
だから俺は、迷いなくこう返した。
【メルが側にいてくれれば、俺は無敵だよ。これからもどうかよろしく】
しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...