路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

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Until the day when I get married.-Light of a new request-

第153話

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ー**ー
数日後、俺はメルが起きる前から目が覚めていた。
「...」
卵を割り、フライパンでじっくり調理する。
別の所でベーコンをカリカリに焼きあげ、あとはメルが起きるのを待つだけだ。
(久しぶりに、ノートを使おうかな)
どうしても照れてしまい、上手く言える自信がなかった。
だから、ノートの力を借りることにした。
本当はこんな時に...まだ落ち着いていないこの時期に言うのは不謹慎かもしれないが、今さらながら、言っておいた方がいいと判断した。
俺はボロボロになったそれを見つめた。
『カムイ』
...メルのそんな言葉からはじまるノート。
読み直していると、様々なことを思い出した。
『今日は嫉妬してしまいました』
『俺なんてメルが可愛いすぎて、いつも話しかける男性に嫉妬しちゃうよ』
こんなことを話したこともあったな...なんて思い出しながら、ぱらぱらとページをめくった。
『明日は新しい入浴剤を買ってこようか』
『はい、とっても楽しみです!次はどんな香りがするものがいいでしょうか?』
(こんな小さなことも話したな...)
思わずくすりと笑みが零れたとき、メルが起きてきた。
「おはようございます、カムイ」
「おはよう。朝御飯できてるよ」
ー*ー
私は起きた瞬間、とても香ばしいにおいがするのを感じた。
(カムイが作ってくださったんでしょうか?)
部屋を出たとき、カムイが笑っているのが目にはいった。
挨拶をしたあと、私は急いで席についた。
(気になります...)
あとでこっそり調べてみようと思った。
「メル、美味しい?」
「はい、とっても美味しいです!」
「ごめんね、今あったのがこれだけしかなくて...」
「私だったらこんなに美味しくできませんよ?」
「ありがとう、メル」
カムイはいつものように、私を優しく抱きしめてくれた。
「紅茶を淹れますね」
ようやく怪我がよくなってきたので、腕を動かしても痛みがそれほど酷くなくなった。
「それならその間に俺は食器を片づけるよ」
そう言ってカムイが食器を洗っている間に、私はさっきカムイが持っていたノートをそっと見てみた。
新しいページにこう書かれていた。
『こんな時にごめん。
でも、メルの気持ちを確認したかった。
俺は結婚式をしたい。できれば、二人だけでやりたい。
...嫌かな?
実は前に行った海の近くに、小さな教会があるんだ。
そこの牧師と知り合いで、上手くいけばそこで挙げたい。
二人でやりたい理由は...俺たちは二人とも両親がいないでしょ?
結婚式では、両親以外の家族や親しい人を呼ぶのがポピュラーなんだ。でも、マイナーなやり方でいいから二人だけで結婚式をしたい。勿論、メルが嫌なら無理にとは言わない。これは俺の我儘だから、メルの気持ちを教えて?』
こんなふうにしっかりと考えてくれていたんだと思うと、なんだか切なくなった。
「カムイ」
「どうしたの?」
「ありがとうございます!」
私が抱きつくと、カムイは少し照れたような顔をしながら、そっと私にキスを落とした。
「さて、裁判所に行こうか」
「はい!」
ー**ー
俺たちは支度を済ませ、裁判所へ向かった。
「...」
奥からアイリスが出てくる。
「アイリスさん、本当に申し訳ありませんでした。それではこれより、釈放の手続きを...」
そのときだった。
「...!」
「メル!」
ドスッ、と音がした。
...こんなに痛かっただろうか。
俺の腹部は赤い花を咲かせた。
「カムイ!」
「ごめん...上手く、避けられ、なくて」
メルの太腿も切られてしまっていた。
『逆上するタイプ』...気をつけておかなければならなかったのに。
「おまえらさえいなければ!」
再び襲いかかってこようとしている男の左足を、エリックが撃った。
パンパンパン!
エリックはアイリスの近くで男の左足、右腕、右足、左腕の順番で撃ち抜いた。
「ぎゃああああ!」
「...次は本気で殺すぞ」
どうやらアイリスは怪我しなかったらしい。
「警吏!早くこの罪人を檻へ!」
裁判長の声が遠くで聞こえる。
(俺はどうなってもいい。でも、メルを泣かせるわけにはいかない...)
「カムイ...」
「見抜けな、かった...俺の、ミスだよ。見抜いて、いた、のに...止められ、なかっ...」
言葉が出なくなってくる。
「...ごめん、メル、好き...だよ。愛し、てる」
「カムイ!」
メルの悲痛の叫びを最後に、俺の意識は真っ暗闇に堕ちていった。
ー*ー
「カムイ!」
どうしよう。
また私の大切な人が死んでしまうかもしれない。
...私の目の前で。
「カムイ!カムイ!」
「すぐに医者を!早く!」
「エリック...どうなっているの?」
「説明はあとだ。アイリス、おまえも手伝ってくれるか?」
「うん」
カムイの手を離さずに、ずっと握りしめていた。
だが、どんどん体温が失われていくのを感じる。
私はカムイのお腹の傷を視た。
...カムイが綺麗だと言ってくれた左眼で、全てを視た。
「メル、止血の仕方は...」
「ここを押さえます。あとは、そっちの所を押さえてください」
「分かった」
「メル、左眼...」
「私はどうなってもいいです。...カムイを助けられるなら、それで」
服が血に染まろうが関係ない。
裁判所近くの医者が到着し、本格的な治療がはじまった。
「カムイ...」
「おまえも怪我をしているだろう。アイリス、手伝ってくれ」
「分かった」
「ありがとう、ございます...」
エリックさんが包帯をまいてくれた所までは記憶があるが、それからどのくらい時間がたったのか分からない。
病院に運ばれたカムイの治療が終わるまで、私は処置室の前で祈った。
私はどうなってもいいから、私がどんなに蔑まれてもいいから...
(カムイを助けてください)
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