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Until the day when I get married.-Light of a new request-
閑話『Gentle 1 day of clumsy two people』
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一番大切なのは、アイリスの安全だ。
俺はそう思っている。
俺はふと平穏だったあの日を思い出した。
それは、まだ事件が動き出す前...ぎこちない二人の物語。
《エリック目線》
「アイリス」
「...分からない」
アイリスは机に突っ伏していた。
この日、俺は非番で...アイリスに字を教えていた。
彼女は決して物覚えが悪いわけではない。
だが、飲みこみが早いわけではない。
(数学を教えても真面目に聞かなかったナタリーよりはずっといい)
「エリック」
「どうした?」
「...これ、分からない」
最近ようやく名前を呼んでくれるようになったアイリスは、勉強が嫌になっているのが目に見えて分かった。
(無理にやらせても、全く意味がない)
「少し休憩しよう」
「いいの?まだ半分も終わってないのに...」
「進めた量ではなく、きちんと覚えたかどうかが重要なんだ。だから、疲れたまま無理にやっても意味はない」
「...分かった」
こういうとき、無理をして倒れてしまうのが心配なのだと素直に伝えられるスキルがあればよかったのにと思う。
俺がマドレーヌを作っていると、アイリスが興味津々な様子でこちらを見ていた。
「一緒にやるか?」
「でも、私は...」
「初めてなのか?」
「うん」
「ちゃんと教えるから、心配しなくていい」
「...分かった」
《アイリス目線》
今のところは、ありがとうと伝えるべきだったのに。
私は上手く伝えられない。
エリックに、ちゃんと伝えたい。
「今日はあとは仕上げのみだが...チョコレートでも塗るか?」
「チョコレート...?」
分からない。
チョコレートって、どんなもの?
どんな味がするのだろう。
そもそも食べものなのだろうか。
「これだ。本当はホワイトやストロベリーなんかもあるが...今日使うのは、ミルクチョコレートだ」
目の前にあるボウルに入っているのは、茶色いねばねばしたものだ。
(やっぱり食べものみたい)
「いいか、これでこう塗って...」
私は見よう見まねでやってみた。
メルやカムイが作っているところを見たこともあったので、割りと上手くできた...方だと思う。
「初めてに見えないほど、上手く塗れている。俺より才能があるな」
エリックは私の頭をぽふぽふと撫でて、お皿に盛りつけはじめた。
エリックにぽふぽふされるのはとても好きだ。
...エリックには伝えられないけれど。
「エリック」
「なんだ?」
「ありがとう」
(よかった、今度はちゃんと言えた)
《エリック目線》
アイリスにお礼を言われるのは、なんとも表現しがたい気分になる。
ずっと見ていたいような、俺だけが見ていたいような、胸が熱くなるような...。
「ほ、ほら...ちゃんとできたぞ」
俺は焦っているのを悟られないようにし、早口で伝えた。
「...うん」
無表情なことが多いアイリスだが、美味しいものには目がないらしく、柔らかな笑顔を見せてくれる。
本人は無自覚なようだが、俺しか知らないアイリスのことだ。
「...美味しい」
「そうか。だったら今度は一緒に作ろう」
「...っ、分かった」
俺はアイリスを見ると、どうしても放っておけない。
何故こんなにも胸がざわつくのか、目が離せないのか、頬が熱くなるのか...理解できなかった。
《アイリス目線》
私はエリックが笑顔を向けてくれたのを見て、急に体温が上がったような感覚に陥った。
『一緒に...』その言葉が嬉しくて、嬉しいってこんな気持ちだったのかと昔を思い出した。
お母さんは私を置いていった。
でも、この人たちは私を置いていかない...。
それが不思議ではある。
でも、今が楽しい。
「アイリス、どうした?」
「...楽しいと思った」
「っ、それはよかった」
マドレーヌというものを食べ終わってから、もう一度文字を教えてもらった。
「ここ、読めるか?」
「『星たちがキラキラと輝いていました。星たちはみんなの願いを叶えるために、世界中を旅しました』...合ってる?」
「やはり、覚えるのが早いな」
エリックはふっと笑って、私を褒めてくれた。
...どうしよう。
今、私は変な顔をしていないだろうか。
嬉しくなると、いつも頬が緩んでしまうから。
「もう夕方か。今日はここまでにするか」
「分かった。...あ、ありがとう」
「おまえにありがとうと言われるのは、なんだか気分がいい」
そう言われたとき、なんだかばくばくしていて、上手く息ができなかった。
私なんか要らないと、そう思っていたのに。
この人たちといると、なんだかぽかぽかしてくる。
「今日は普通のものでも食べられそうか?」
「うん」
「じゃあ、パンにするか。あとは...」
こんなふうにばくばくしたりぽかぽかするのは、私だけ...?
でも、エリックも耳が赤かった。
エリックも同じなのかな。
...いつかこの気持ちの名前を知りたい。
そう思いながら、私はエリックの近くまでいった。
「何か、できることはある?」
俺はそう思っている。
俺はふと平穏だったあの日を思い出した。
それは、まだ事件が動き出す前...ぎこちない二人の物語。
《エリック目線》
「アイリス」
「...分からない」
アイリスは机に突っ伏していた。
この日、俺は非番で...アイリスに字を教えていた。
彼女は決して物覚えが悪いわけではない。
だが、飲みこみが早いわけではない。
(数学を教えても真面目に聞かなかったナタリーよりはずっといい)
「エリック」
「どうした?」
「...これ、分からない」
最近ようやく名前を呼んでくれるようになったアイリスは、勉強が嫌になっているのが目に見えて分かった。
(無理にやらせても、全く意味がない)
「少し休憩しよう」
「いいの?まだ半分も終わってないのに...」
「進めた量ではなく、きちんと覚えたかどうかが重要なんだ。だから、疲れたまま無理にやっても意味はない」
「...分かった」
こういうとき、無理をして倒れてしまうのが心配なのだと素直に伝えられるスキルがあればよかったのにと思う。
俺がマドレーヌを作っていると、アイリスが興味津々な様子でこちらを見ていた。
「一緒にやるか?」
「でも、私は...」
「初めてなのか?」
「うん」
「ちゃんと教えるから、心配しなくていい」
「...分かった」
《アイリス目線》
今のところは、ありがとうと伝えるべきだったのに。
私は上手く伝えられない。
エリックに、ちゃんと伝えたい。
「今日はあとは仕上げのみだが...チョコレートでも塗るか?」
「チョコレート...?」
分からない。
チョコレートって、どんなもの?
どんな味がするのだろう。
そもそも食べものなのだろうか。
「これだ。本当はホワイトやストロベリーなんかもあるが...今日使うのは、ミルクチョコレートだ」
目の前にあるボウルに入っているのは、茶色いねばねばしたものだ。
(やっぱり食べものみたい)
「いいか、これでこう塗って...」
私は見よう見まねでやってみた。
メルやカムイが作っているところを見たこともあったので、割りと上手くできた...方だと思う。
「初めてに見えないほど、上手く塗れている。俺より才能があるな」
エリックは私の頭をぽふぽふと撫でて、お皿に盛りつけはじめた。
エリックにぽふぽふされるのはとても好きだ。
...エリックには伝えられないけれど。
「エリック」
「なんだ?」
「ありがとう」
(よかった、今度はちゃんと言えた)
《エリック目線》
アイリスにお礼を言われるのは、なんとも表現しがたい気分になる。
ずっと見ていたいような、俺だけが見ていたいような、胸が熱くなるような...。
「ほ、ほら...ちゃんとできたぞ」
俺は焦っているのを悟られないようにし、早口で伝えた。
「...うん」
無表情なことが多いアイリスだが、美味しいものには目がないらしく、柔らかな笑顔を見せてくれる。
本人は無自覚なようだが、俺しか知らないアイリスのことだ。
「...美味しい」
「そうか。だったら今度は一緒に作ろう」
「...っ、分かった」
俺はアイリスを見ると、どうしても放っておけない。
何故こんなにも胸がざわつくのか、目が離せないのか、頬が熱くなるのか...理解できなかった。
《アイリス目線》
私はエリックが笑顔を向けてくれたのを見て、急に体温が上がったような感覚に陥った。
『一緒に...』その言葉が嬉しくて、嬉しいってこんな気持ちだったのかと昔を思い出した。
お母さんは私を置いていった。
でも、この人たちは私を置いていかない...。
それが不思議ではある。
でも、今が楽しい。
「アイリス、どうした?」
「...楽しいと思った」
「っ、それはよかった」
マドレーヌというものを食べ終わってから、もう一度文字を教えてもらった。
「ここ、読めるか?」
「『星たちがキラキラと輝いていました。星たちはみんなの願いを叶えるために、世界中を旅しました』...合ってる?」
「やはり、覚えるのが早いな」
エリックはふっと笑って、私を褒めてくれた。
...どうしよう。
今、私は変な顔をしていないだろうか。
嬉しくなると、いつも頬が緩んでしまうから。
「もう夕方か。今日はここまでにするか」
「分かった。...あ、ありがとう」
「おまえにありがとうと言われるのは、なんだか気分がいい」
そう言われたとき、なんだかばくばくしていて、上手く息ができなかった。
私なんか要らないと、そう思っていたのに。
この人たちといると、なんだかぽかぽかしてくる。
「今日は普通のものでも食べられそうか?」
「うん」
「じゃあ、パンにするか。あとは...」
こんなふうにばくばくしたりぽかぽかするのは、私だけ...?
でも、エリックも耳が赤かった。
エリックも同じなのかな。
...いつかこの気持ちの名前を知りたい。
そう思いながら、私はエリックの近くまでいった。
「何か、できることはある?」
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